それは、とある春の穏やかな昼つ方

「春、だねぇ…」
「春、だなぁ…」

慌ただしい年度末の仕事に追われ、そのままの勢いで新年度に突入、社会人も3年目となれば、いっちょまえに新入社員の教育係なるものを任され奮闘した最初の一週間を終えての、週末。

お互いそんな3月頭から4月の始まりを過ごした為、ゆっくり会えたのは実に1ヶ月振り。
まあ、忙しい合間を縫って、仕事帰りにタイミングが合えば食事を一緒にしたりもあったけど、そんなの息抜き程度だった。

そんな怒涛の日々を乗り越えた反動か、もしくはこの麗らかな春の陽気のせいか、藤井君の部屋の南向きのベランダとリビングの段差に腰をかけ、二人でまったりくつろぎモード。

「うー、危うく今日も出勤になるとこだったよー。仕事終わってよかったぁ」
「お前、バカ丁寧に後輩指導してるんだろ。そんで自分の仕事進まないパターン」
「そんな事はないと思うけど……藤井君は?」
「俺は『習うより慣れろ』が教育モットー」
「不親切な先輩だなぁ」
「いや実際、コレが一番の近道。プログラム入力も資料作りも、一通り説明したら、あとは自由にやらせた方が慣れも覚えも早いし、それぞれ自分のペースも掴めるんだって」

確かにそうかもしれない。
そもそも藤井君トコの企業は優秀な人材が集まるところだもんね。

「――って言うのは建前で、自分のペース乱されるのが嫌だって言うのが本音」
「……今本気で納得しかかったのに……」

僕はちょっと呆れた表情をしてみせたけど、でも、そんな事言ってみても、無責任なことをする人じゃないから、ちゃんと後輩たちの面倒は見てるんだろうな、と思ったら不意にクスリと笑いが漏れた。

「あ、思い出しちゃった」
「何を」

クスクス笑い出した僕を見て、訝しむ藤井君。

「一加ちゃんやマー坊の小さかった頃。何だかんだ言っても、藤井君 面倒見いいんだもん」
「は?拓也に比べたら、俺なんかアイツらほったらかしにしてたぞ」

腑に落ちないといった顔で反論するけども。

「えっとねー、夏祭りでは逃げてった実たち一緒に探してくれたし、風邪ひいてしんどくても僕んちに一加ちゃんとマー坊迎えに行ったし、他にもたくさん」

指折りながら、思い出す限りの藤井家エピソードを並び立てる僕に、藤井君は段々顔色が変わっていく。

(あ、照れてる。可愛いー)
そんな様子の藤井君に、ちょっと調子にのってしまった僕は、ついに反撃を食らうことになる。

「俺も思い出した」
「え?何なに?」
「一加がおねしょ隠蔽しようとした時のこと」
「え……」

あ――――!!

「お尻ぺんぺ――――…」
「わぁぁぁぁぁ!!!!」

藤井君の口元を両手で塞ごうとしたら、勢い余ってタックルしてしまって、思いがけず押し倒す形に。
その体勢に藤井君は一瞬驚いた顔をした後、ニヤリとした。

「積極的ですねー、榎木センパイ」
「な、何言って……」

すぐにどこうと両手を床につこうとしたら動きを封じられ、後頭部を軽く押された。

「ん……、」

久しぶりのキスは、気のせいかないつもより心地よく感じて。鼓動がちょっとザワつき始める。
と、思ったけど。

「拓也……」
「ん…?」
「腹、減った」
「…………」

僕の腰に手を回してグッと力を込めて、僕を抱えたまま上体を起こした。
流石藤井君、腹筋あるなー。
そして、藤井君のそんな言葉にザワつき始めた鼓動も瞬時に落ち着き。

「…冷蔵庫、何が入ってる?」
「何もねぇ。買い物行かねーと」
「どっかで食べる?」
「拓也の手料理がいー」

腕を腰に回したまま、僕の鎖骨付近におでこを押し付けて。
そんな藤井君が可愛くて。

「だったら、藤井君も手伝ってよ?」
「勿論」

いつもは藤井君の方が上手(うわて)な事が多いけど、こんな時は小さい頃の実を宥めていた時のような気分になって、少しだけ優越感。

「ホラ、買い物行くよ」

藤井君の膝の上からやっと開放されて、立ち上がる。
買い物しないと食材がないと言う割には重い腰の藤井君を急かして、玄関のドアを開けた。

狭い玄関から一歩外に出ると、春独特の甘い匂いと暖かさを含んだ空気に包まれた。
学生の頃も社会人になってからも、春は環境の変化で慌ただしい日が続くけど、この春の空気は嫌いじゃない。

「ふふふ」
「何だよ」

隣で突然笑い声を零した僕に藤井君は訝しむ。

「藤井君と、もう幾つの春を迎えたかなーって」

いつも、新しい環境に不安と期待が入り混じる中、変わらず一緒にいてくれた人。

「藤井君がいてくれるから、僕はいつも頑張れるんだなって」
「そ、そんなの…っ」

少し照れた表情になったのを、顔を背けて隠して。

「俺だって、同じだっつーの」

ポソリと呟いた言葉はしっかり聞こえたよ。


桜が並ぶ公園の脇道。
柔らかく吹く風に誘われるように舞い散る花びらの中を、二人肩を並べて歩く。


それは、とある春の穏やかな昼つ方――――。




――――――
*「昼つ方(ひるつかた)」…昼間の意。


-2014.04.11 UP-
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