公認ストーカー(ただしされてる方には非公認)

放課後。

掃除当番の宮前より先に、拓也は図書室へ向かった。
宮前が掃除をしている間、自分の受験勉強を進めておこうと思ったからだ。
二人分の席を確保し、書棚へ。

(確か、先生が教えてくれた参考書がこの辺に……)
「あっ!た、けど」

目的の本は、自分の視線より少し上。
踏み台を使うかどうか、微妙な高さ。

「…っと、ん……も、少し…」

背伸びをして、腕をめいっぱい伸ばす。
背表紙には触れているのに、取っ掛かりが掴めない。

「ん~~~~、」
「これか?」
「!」

頭上から声がして、いとも簡単にヒョイと本を棚から引き抜かれた。

「藤井君!」
「ん」
抜き出された本をポンと胸元に寄越された。
「あ、ありがとう」
両手でそれを受け取り、お礼を言う。

(背…、いつの間にこんなに差が出来ちゃったんだろう……)

それまであまり差がなかった背丈は、中学に上がってから少しずつ二人の目線に距離を作った。
それは、男として悔しい思いもあると同時に、できる距離に比例して何故だか逸る心。
きっと、今、凄くヘンな顔してる…、と受け取った本で顔を隠すようにして動けないでいると藤井に「榎木?」と呼ばれた。

「どうした?」
俯いて、額に本を充てている拓也を不思議に思い、藤井はぐいっと腕を引っ張る。
「ぃや、今、……っ、」

腕を引っ張られたせいで露わになったその顔は、真っ赤に染まっていて……。

「え…のき?」
「……だ、だから『いや』って言ったのに…っ」

眉を八の字に下げて、真っ赤になった目元は、うっすら潤みがかった。
人気のない書棚の間で流れる空気に、藤井も動揺する。

(え、ちょ、ヤバイ。何だコレ…)

「えの――――」

思わず手を伸ばしかけた、その時。

「あ、いた!お待た…」

ひょこっと棚の間から姿を現した宮前は最後の「せ」の一文字を思わず飲み込んだ。

「え、何、ちょっと…邪魔した?」
「なっ、何言ってるの!そ、そうだ、藤井君も一緒にやる?受験勉強…」
しどろもどろとする宮前に拓也は慌てて取り繕い藤井にも声をかけたが、
「帰る!!」
と、藤井は拓也の言葉を途中で遮り、くるっと二人に背を向けて一直線に図書室の出入り口へ向かった。
拓也は拓也で、それまで詰めていたかのように肩から力を抜き息を大きく吐き出した。


藤井が昇降口へ向かうと、靴箱の前で後藤と鉢合わせた。
「お、何だ。今帰りか?今日図書室は」
藤井家の大所帯を知っている後藤は、藤井が放課後に図書室を受験勉強の場にしているのを知っている。
「……今日は気分乗らねぇから帰ンだよ」
スニーカーを靴箱から出し乱暴に地面へと放つ。
「あぁ、そう言えば、拓也いただろ。確か宮前と居残りするってさっき言ってた」
から、俺今日は寂しくお一人様帰宅なのよ~と笑いながら言った。

お互い部活を引退してからは、小学生の時のように、都合が合う時は一緒に登下校をしている拓也と後藤。だが、この二人がセットでいても、藤井と拓也が一緒にいる時ほど周りがキャーキャー言わないのはなんでだろうな?と後藤は常日頃思っている。

「あ、もしかして、だから、か?宮前と一緒にいる拓也が面白くないんだろ」
「違ぇーよ」
カラカラ笑いながら言う後藤の脇を素通りし、さっさと校門へ向かう。
そんな藤井を追いかけて「まあ、方角一緒なんだし、たまには一緒に帰ろうや」と肩を並べた。

「まあ、藤井がさ、宮前気に入らないのは分かるけど。俺も正直拓也が宮前とあんなに仲良くなるとは思わなかったし」
拓也自身、詳しくは語らないけど、小6の時に二人の間で何かあったのは確実で。
「それでも、今拓也がアイツを受け入れてるってことは、ちゃんと自分で消化してるってことだからさ。それでも気ィ遣いーなヤツだから、倒れる前に俺も時々探り入れたり様子見てたりするわけだけど」
「あぁ……」
横目で伺う藤井の表情は、相変わらず無愛想で。

(相変わらず、表情からは何考えてるか分からんやっちゃなー…)

それでも、拓也の事だけは、誰よりも気にかけているのは拓也の近くにいる後藤は気付いている。

「まー、それよりも何よりも。拓也は何でか成長と共に、女子人気は相変わらずだけど男子人気も凄まじくなってる気がするのは気のせいか?」
「…気のせいじゃないだろ」
「体育の時間とか、ヤッベェよな」
「…おぉ」
「……言っとくけど、お前筆頭だからな」
「…………」
「否定しろよ!俺拓也と同じ高校行ける頭ねぇから、お前が頼みの綱なのに!!」
「…安心しろ。絶対他の野郎には手出しさせねぇから」

(「他の」って言った?今!)

やっぱりコイツも拓也狙いか…と内心項垂れた後藤だが、
(まあ、拓也も絶対藤井のこと気にかけてるし拓也が望めばだけど…でも自覚するまでは、絶対ガードしてやる)
と改めて心に誓う後藤だった。






「ふっじー!お前いい加減にしろよ!次、視聴覚室!!」
今日も今日とて、拓也のクラスに通う藤井と、移動教室の教材を持って現れる後藤。

「ゴンちゃん、すっかり藤井君と仲良しだねー」
コロコロ笑って言う拓也に「冗っ談じゃねーよ」と返したが。

「うん。僕のことも、忘れないでねー」

ほわっと笑んでサラッと言われた言葉に、教室にいた全員と後藤までもが不覚にもときめいた。
そして、次の瞬間集まる後藤への嫉妬と殺意の視線。

(許すまじ、後藤)
(藤井君や広瀬君なら許すけど、ゴンは許せん)
(ゴンに取られるくらいなら私が)
(ゴンでいいなら、俺でもいいはず…!!)

「たっ拓也、俺、卒業までに亡き友人になってるかもしれない…」
「は?何言ってるの?」

窓越しに拓也の肩に縋り付いた後藤だが「おい、視聴覚室行くぞ」と藤井によってベリッとはがされ、引きずられて去っていく。

「榎木、お前無自覚も大概にしとけよ」
「何がー?」

相変わらずの天然っぷりに、級友二人も溜め息を深く吐いた。



☆――――――――☆
「初々しい恋10題」より
"公認ストーカー"
Title拝借:確かに恋だった様


-2014.03.27 UP-
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