Triangle-Ravviare

また兄貴のヤツが無茶振り言ってきやがった。

そう思いながら、藤井は今目の前にいる大学生の兄を睨みつけた。
その兄は深々と頭を下げながら、その前で両手を合わせ所謂「お願い」のポーズをとっている――事もあろうに、自分の恋人に向かって。

「お願い、今回だけ、このとーり!」
「え、でも……藤井くぅん…」
「ダメに決まってんだろ、ふざけんな」

困惑している表情を浮かべる拓也を若干自分の背に隠すように一歩前へ出て、藤井は拒否の言葉を放った。

「そこを何とか、借りはちゃんと二人に揃って返すから」

何が起きているのかと言うと、早い話、拓也に一日恋人になって欲しい、という話を友也が持ち掛けてきたのだ。
正しくは「恋人のフリ」。
よくある話、ちょっとしつこくされている女の子がいるから、最終手段その子への牽制に恋人が必要という事である。

実際、今友也はフリーであるが、友也にだって好みはある。
毛頭付き合う気のない子にはきっぱりお断りをするが、今回はそれが通じないようで、少々困っているという。

「学部は違うけど同じ大学の子だから、学内の女友達だと後々メンドーになるし、その点拓也君なら大学から離れてるから若干遠距離恋愛装えるし、普段その子と鉢合わせる心配ないだろ?その場だけでいいから、この通り!」
「普段セッソーナシに合コンだの飲み会だのに行ってるからンな事になんだよ。俺たち巻き込むな」
「俺は宴会部長だぞ。俺がいなかったら盛り上がんねんだよ」

実際お調子者で場を盛り上げることに長けている友也は、飲み会があると引っ張りだこに誘われる。
また本人もそういう場が好きなもんだから、ホイホイ参加するのだが、時々こういう目にも遭うらしい。

「友也さんムードメーカーですもんね」
そんな友也につい、拓也はほわっと笑んで言葉がついた。
「榎木、甘やかすな。兄貴反省してないだろ」
「してるって。ホント困ってるんだ、頼む」

真剣に懇願されて、拓也は一つ小さく溜め息を吐くと
「今回、だけですよ?」
と返事をした。

「拓也君!!」
「榎木!?」
「友也さんホントに困ってるみたいだし、女性といえど逆恨みされたら相手役かった人が気の毒だし、その点僕だったら男だから大丈夫だし…で、友也さんは男の僕でいいんですか?」

そういう意味で女の子じゃなくて大丈夫かな?と心配する拓也に、友也は片目を瞑って親指を立てた。

「大丈夫大丈夫。その点は、ぬかりなし」






「やっぱりこんな事だろうと思ったよ」

次の日曜日。
朝一で藤井家を訪れた拓也は、早々に友也から渡された服に着替えさせられた。
先の台詞は、男子部屋の前で待つ藤井と友也の前に、オズオズと部屋から出てきた拓也を見ての藤井の開口一番。

「似合う!俺センスいい!」
「とっ、友也さん!コレ着なきゃダメですか!?」

拓也の身に纏っている服は、淡いグリーンのシフォン素材の清楚な膝丈ワンピースだった。

「勿論!やっぱ女の子だと思わせる方が説得力あるしな♪」
「ふざけんな。こんな恰好させるくらいなら、やっぱこんなことお断りだっ」
「昭広……」

友也は藤井にチョイチョイと指で耳貸せポーズをし、何かをコソッと耳打ちする。

「…………榎木、一日兄貴を頼む」
「!? 藤井君!? 何言われたの!?」
「……秘密」
ふい~…と目線を逸らし言う藤井に、拓也は不満げな顔をしながらも、三人は部屋へ入る。

「じゃ、仕上げにコレ被ってー」
「わっ」

頭に被せられたのは、茶色がかったセミロングのサラサラストレートのウィッグ。

「…………っ」
女子部屋から借りて運ばれた全身鏡の前で、拓也は思わず床へへたれこむ。
「学祭の再来だな、榎木」
「何!? そんな美味しいことしてたのか、お前んトコの学祭!! 写メあったら寄越せ昭広っ」
「あるけどやらんっ」
「あるの!? 消してよっ」
ヤベッという表情をする藤井と、いつの間に撮ったのー!と怒る拓也を、友也は微笑ましく眺めていたが。

「さて、じゃあ、準備も整ったことだし、行こっか拓也君」
「え、あ、はいっ」
チラッと拓也が藤井に視線を送るのに、藤井は苦笑気味で応える。
「兄貴が振り回して悪いな、榎木」
「ううん…自分で了承したことだもん…やるからには、完璧な彼女やってくるよ」
「え、ホント?どこまでOK?」
「調子のんな。手出しは厳禁に決まってんだろ」
「もー、ジョーダン通じないなー昭広はー」
ヘラッと言う友也に藤井は胸ぐらを掴んで低く一喝する。
「えっと…夕方には帰ってきますよね?友也さん」
まあまあ、と二人の間に入りながら拓也は友也に帰りの時間を確認した。
「ん?そうだな。夕方6時か7時くらいになるんじゃね?」
俺の大学の方に行くし、往復するとそのくらいかな、と友也は時計を見ながら言う。

「榎木、帰りの電車に乗ったらメールして。駅迎え行く」

サラッと拓也の肩から滑る髪に触れ言う藤井に、拓也は「うん」と応える。

「じゃ、悪ぃな、昭広。拓也君借りるぞ」
「あぁ…」

「行ってきます」

二人肩を並べて出て行った玄関のドアを、藤井は暫く無言で眺めていた。
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