simple days に乾杯を unsimple days に口付けを

藤井が出席停止に入って10日目。
「ん…っ、んー…」
拓也はシャーペンを置いて、グッと伸びをした。

(そろそろ腫れと熱が引いた頃かなー…)

放課後の図書室。
その日の各授業のノートをルーズリーフに要点をまとめて帰るのが、拓也のここ一週間の日課となっていた。
家に帰ってからだと、どうしても自分の課題や家事、実…と別の事に気を取られてしまう為、図書室で数時間集中してやる方が効率的であり、後のやるべき事にも響かないと気づいたからだ。

(明日辺り、一度様子見に行ってみようかな…)

「榎木」

再びシャーペンを持ってルーズリーフの上を走らせていると、頭上から声を掛けられた。

「布瀬君」
「コレ、今日の化学のノート」
「あ、ありがとう!」

差し出されたルーズリーフを受け取る。
「化学はどうも苦手だから助かるー。生徒会の仕事もあるのに、ごめんね」
「いや、時間が空いたから…お前も暇じゃないのにな」
「でも、自分の復習にもなるし…あ、流石。コレ分かり易ーい。僕もコピーしていい?」
「別にいいけど…苦手って言っても、あの二人よりはよっぽど出来てるから気にすんな」
「アハハー」
あの二人とは、お調子者の二人であることは、言わずもがな。
苦笑しながら、そのルーズリーフを丁寧にクリアファイルに挟み鞄にしまう。

「明日辺り、様子見に行こうと思って」
「そっか…藤井によろしくな。じゃ、俺、生徒会室戻るから」
「うん!ノートありがとね!」

手をひらひらと振って図書室を出て行く布瀬を、拓也もまた手を振り返し見送った。



次の日、他のメンバーにも放課後藤井の様子を見に行くことを告げると、「見舞いー」とそれぞれから購買のパンやらジュースやらお菓子やらを持たされた。

「それで、そんな大荷物なのか…」
「うん。藤井君、みんなに愛されてるね」
クスクスと笑い、持たされた物が入っている袋を差し出す。
「嫌がらせの間違いだろ…まだ、そんなに食欲ねぇっつーの」
そんな事を言いつつも、ちゃんと心の中では感謝をしている事を、拓也は知っている。

「マー坊は、もう良くなった?」
「おぉ。今週から学校行ってる。…俺も、明日あと一日休めば、明後日から行けるかな」
熱も腫れも引いたし…と、座ったままグッと伸びをする。
「みんな待ってるから…明日までゆっくり休んでね」

さて、僕もそろそろ帰るよ、と立ち上がると、制服の袖をクンと引っ張られた。

「藤井君?」
「あ、いや…もう帰るのかと思って…」
パッと手を離し、しかしまだいて欲しいと思ってしまう。
「うん。帰るよ。あまり長居したら藤井君の負担になるし。ホラ、藤井君も早く、自分のベッドに戻る!」

毅然な態度をとり、拓也と話をするべくベッドから下りていた藤井を、二段ベッドの上へ行くよう促す。
長らく実の母親代わり(現在進行形)をやってきている為か、こういう時の拓也は強い。
有無を言わせないその態度に、藤井はしぶしぶ梯子を上り布団に入る。

「藤井君」

すると、続いて梯子を上って柵からひょっこり顔を出した拓也は、藤井を呼び、軽く唇に自分のそれを重ねた。

不意打ちのそれに藤井が呆気に取られてる間に拓也は梯子を下りて「じゃあ、明後日待ってるね」と、部屋を出ていった。

(くっそ、早くガッコー行きてぇ…)

正確には、学校に行きたいのでなく、拓也に会いたい なのだが。



そして、二日後。
拓也がいつも通り通学路を歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「おっす、榎木」

その声に静かに振り向き、満面の笑顔で応える。

「おはよー、藤井君」

いつもの時間、いつもの通学路、いつもの、君。

学校へ着くと、「おー藤井、久し振りー」「藤井君、元気になったんだー」と、級友たちに次々と声を掛けられた。
その様子を微笑ましく見ながら、拓也は自分の机に鞄を置く。

「流石に半月近く休んでると、久々顔出したらパンダだな」
「そうだね」
小野崎と拓也が話してると
「誰がパンダだ」
と、級友たちの輪から抜け出して藤井は二人のところに来た。

「藤井君、授業大丈夫?」
「あーまぁ、今日の教科分は、榎木に貰ったルーズリーフ昨日見て来たから、何とかなるだろ。サンキューな」
そう言ってポンと頭に手を置き、「分かりやすかった」と、コソッと耳打ち。
「おっ、お役に立てたようで!」

パッと距離を離し、ストンと自分の椅子に座る。

そうこうしている内に、ほかのメンバーも登校して来てお約束な挨拶を交わし、HR開始の予鈴が鳴る。
担任も教室へ入ってきて、やはり「久し振り」と言われてしまう藤井に、拓也は内心笑った。


ほら、今日もいつもの一日が始まる――――。


-2013.10.11 UP-
(参考資料:gooヘルスケア「流行性耳下腺炎」)
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