simple days に乾杯を unsimple days に口付けを
いつもの時間、いつもの通学路。
いつも通りの登校風景に、いつもと違う出来事の第一歩。
駅に向かう拓也のケータイに、メールの着信バイブが走った。
「…………えっ!?」
メールを確認した拓也が、それに驚いた理由は言うまでもない内容だった。
「はよーっす榎木…って、アレ?一人?」
「小野崎君…」
教室に入り自分の席へ鞄を置いた拓也に、斜め後ろの席から声をかける級友は、いつもと違う光景に考えるよりも先にその疑問が口に出た。
そう、いつも二人で登校してくる彼は、今日は一人だった。
「おたふく風邪ぇ?」
1限目の視聴覚室への移動時、いつもの仲間達と廊下を歩きながら拓也は今朝受け取ったメールの内容を伝えた。
「な、何…アイツまだやってなかったのか?」
「子供みてーっ!!」
遠慮なしに大爆笑するのは中橋と穂波。
「この歳でそういうの罹るのは…気の毒だよなー」
同情気味に言うのは小野崎。
「榎木は?もうやったのか?」
心配する拓也を気にかけるのは布瀬。
「うん、僕は小6の時に…あの時は入れ違いに弟まで感染して大変だったー。藤井君も、弟が学校でもらってきて、それで感染っちゃったみたい…まだやってなかったのは僕も知らなかったよ」
初めて同じクラスになったのは5年生だったから…と答えながら、自分の後ろを歩く二人を振り向く。
「笑いすぎだよ、二人共!!」
「だ、だって…」
「おたふくって、アレだろ?ほっぺ腫れるヤツ」
おたふく風邪――流行性耳下腺炎。
唾液をつくる耳下腺(耳の前から下)、顎下腺(がくかせん/あごの下)が腫れて痛む発熱性の病気。
感染は飛沫による為、多くは集団に入る幼少期~小学生のうちに発症し、一度発症すれば再度の発症はないとされる。
しかしながら、重症化すると稀に、無菌性髄膜炎(ずいまくえん)、膵炎(すいえん)、精巣炎(せいそうえん)などの合併症が起きる可能性もあるという、なかなか恐ろしい面も持っていたりする。
「まあ、そこまで深刻に考える必要はないと思うけど、何よりアレの辛いところは…」
「痛み…」
「だよなー…」
爆笑している二人をもはやスルーし、前を歩く三人は経験あるおたふく風邪の記憶とあの痛みを思い返す。
「今日、見舞い行くのか?」
「うーん、そう考えたけど、結構痛みに翻弄されるから、却って迷惑だと思うんだよね…。痛み引いた頃、様子見に行こうと思う。それまではメール…かな」
本当は心配でたまらない。
だけど、経験あるからこそ解る、おたふく風邪の辛さ。
(頬の痛みと熱の怠さで、実の僕を呼ぶ声にもイライラしたっけ)
一方、藤井家はというと。
「昭広兄ちゃーん、ごめんなさーい」
「いいから…仕方ねぇことだから…つか、ほっといてくれ…」
頬の腫れが引き、熱も微熱にまで治まったマー坊が、二段ベッドの下から声をかけてくる。
その受け応えでさえ、するのもしんどくて、頬も痛む。
(だーもー、いってぇし、怠いし…最悪…)
寝たいのに、痛みで眠れない…そういう状態が昨夜からずっと続き、イライラもする。
そんな中、部屋のドアがノックされ、母親が入って来た。
「昭広、今、榎木君が来てお見舞い置いてった」
コレ…とレジ袋を掲げて見せる。
「え!?のきっ!?」
ガバッと跳ね起きるも、熱に浮かされフラッと枕へ舞い戻る。
「おたふくもう済んでるなら上がってく?って聞いたけど、『身体辛いだろうし迷惑だろうから』って、帰ったよ」
「そ、そっか…」
(アイツらしいな)
会いたかった気も勿論あるが、この状態の自分を見せたくない…というのも本音で。
そして何より病人を気遣ってくれるのも拓也らしくて嬉しかった。
「榎木君は仁志君とはまた違ったタイプだけど…いい子よね」
母親が二段ベッドの柵から次男の顔を覗き込む。
「仁志君や榎木君、他の友達だって…人に恵まれてるわよ、アンタは。大切になさいね」
「…わかってる…」
熱とは別の熱さを頬に感じ、それを隠す為にフイッと壁側に身体ごと顔を背けた。
「榎木君が持って来てくれたリンゴジュース。飲む?」
「…飲む」
そんな息子を内心クスリと笑い、母親はベッドの梯子から下りる。
「僕も飲みたいですー」
下からマー坊もジュースをねだる声が聞こえた。
「マー坊にもって色々たくさん入ってるから、持ってくるわね」
流石榎木君、適してる物分かってるわねーと、袋の中身を見ながら部屋を出て行った。
その時、枕元に置いておいたケータイにメール着信音。
From欄には拓也の名前、件名には『返信不要』。
内容は、今しがたお見舞いの品を届けた事と、心配する文面。
それに労りの言葉。
頬の痛みは相変わらずだが、それでも嬉しくて緩まずにはいられない藤井だった。
いつも通りの登校風景に、いつもと違う出来事の第一歩。
駅に向かう拓也のケータイに、メールの着信バイブが走った。
「…………えっ!?」
メールを確認した拓也が、それに驚いた理由は言うまでもない内容だった。
「はよーっす榎木…って、アレ?一人?」
「小野崎君…」
教室に入り自分の席へ鞄を置いた拓也に、斜め後ろの席から声をかける級友は、いつもと違う光景に考えるよりも先にその疑問が口に出た。
そう、いつも二人で登校してくる彼は、今日は一人だった。
「おたふく風邪ぇ?」
1限目の視聴覚室への移動時、いつもの仲間達と廊下を歩きながら拓也は今朝受け取ったメールの内容を伝えた。
「な、何…アイツまだやってなかったのか?」
「子供みてーっ!!」
遠慮なしに大爆笑するのは中橋と穂波。
「この歳でそういうの罹るのは…気の毒だよなー」
同情気味に言うのは小野崎。
「榎木は?もうやったのか?」
心配する拓也を気にかけるのは布瀬。
「うん、僕は小6の時に…あの時は入れ違いに弟まで感染して大変だったー。藤井君も、弟が学校でもらってきて、それで感染っちゃったみたい…まだやってなかったのは僕も知らなかったよ」
初めて同じクラスになったのは5年生だったから…と答えながら、自分の後ろを歩く二人を振り向く。
「笑いすぎだよ、二人共!!」
「だ、だって…」
「おたふくって、アレだろ?ほっぺ腫れるヤツ」
おたふく風邪――流行性耳下腺炎。
唾液をつくる耳下腺(耳の前から下)、顎下腺(がくかせん/あごの下)が腫れて痛む発熱性の病気。
感染は飛沫による為、多くは集団に入る幼少期~小学生のうちに発症し、一度発症すれば再度の発症はないとされる。
しかしながら、重症化すると稀に、無菌性髄膜炎(ずいまくえん)、膵炎(すいえん)、精巣炎(せいそうえん)などの合併症が起きる可能性もあるという、なかなか恐ろしい面も持っていたりする。
「まあ、そこまで深刻に考える必要はないと思うけど、何よりアレの辛いところは…」
「痛み…」
「だよなー…」
爆笑している二人をもはやスルーし、前を歩く三人は経験あるおたふく風邪の記憶とあの痛みを思い返す。
「今日、見舞い行くのか?」
「うーん、そう考えたけど、結構痛みに翻弄されるから、却って迷惑だと思うんだよね…。痛み引いた頃、様子見に行こうと思う。それまではメール…かな」
本当は心配でたまらない。
だけど、経験あるからこそ解る、おたふく風邪の辛さ。
(頬の痛みと熱の怠さで、実の僕を呼ぶ声にもイライラしたっけ)
一方、藤井家はというと。
「昭広兄ちゃーん、ごめんなさーい」
「いいから…仕方ねぇことだから…つか、ほっといてくれ…」
頬の腫れが引き、熱も微熱にまで治まったマー坊が、二段ベッドの下から声をかけてくる。
その受け応えでさえ、するのもしんどくて、頬も痛む。
(だーもー、いってぇし、怠いし…最悪…)
寝たいのに、痛みで眠れない…そういう状態が昨夜からずっと続き、イライラもする。
そんな中、部屋のドアがノックされ、母親が入って来た。
「昭広、今、榎木君が来てお見舞い置いてった」
コレ…とレジ袋を掲げて見せる。
「え!?のきっ!?」
ガバッと跳ね起きるも、熱に浮かされフラッと枕へ舞い戻る。
「おたふくもう済んでるなら上がってく?って聞いたけど、『身体辛いだろうし迷惑だろうから』って、帰ったよ」
「そ、そっか…」
(アイツらしいな)
会いたかった気も勿論あるが、この状態の自分を見せたくない…というのも本音で。
そして何より病人を気遣ってくれるのも拓也らしくて嬉しかった。
「榎木君は仁志君とはまた違ったタイプだけど…いい子よね」
母親が二段ベッドの柵から次男の顔を覗き込む。
「仁志君や榎木君、他の友達だって…人に恵まれてるわよ、アンタは。大切になさいね」
「…わかってる…」
熱とは別の熱さを頬に感じ、それを隠す為にフイッと壁側に身体ごと顔を背けた。
「榎木君が持って来てくれたリンゴジュース。飲む?」
「…飲む」
そんな息子を内心クスリと笑い、母親はベッドの梯子から下りる。
「僕も飲みたいですー」
下からマー坊もジュースをねだる声が聞こえた。
「マー坊にもって色々たくさん入ってるから、持ってくるわね」
流石榎木君、適してる物分かってるわねーと、袋の中身を見ながら部屋を出て行った。
その時、枕元に置いておいたケータイにメール着信音。
From欄には拓也の名前、件名には『返信不要』。
内容は、今しがたお見舞いの品を届けた事と、心配する文面。
それに労りの言葉。
頬の痛みは相変わらずだが、それでも嬉しくて緩まずにはいられない藤井だった。
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