変わらぬ想いを抱いて

お酒を混じえつつ、運ばれた料理をつつく。
何かこういう場所でこういう食事をしていると、自分も大人になったものだと、しみじみ思う。
話している内容は、主に、拓也と俺の子供の頃の話。
それと、クリスの妹の事。

「ジェニーも来たがってたけど、俺一応仕事で来てるし、ジェニーも学校あるしな。いつもミノル元気かなーって言ってる」
「あは。実はいつでも元気だよー。ジェニーの学校がバケーションに入ったらまたおいでよ。うち泊まればいいから、飛行機代だけで大丈夫だよ」
「おう。帰ったら金貯めとけって言っとく」

…おいおい。一加が聞いたら憤慨しそうな事言ってるぞ…。

少し呆れ気味にビールを飲みながら拓也を眺めていると、テーブルの上に置いてあった拓也のケータイにバイブが走った。

「…と、先輩からだ。ちょっと出てくるね」

ケータイに出ながら部屋を出て、残されたのは俺とクリスの二人。

「…何か言いたい事あんだろ」
「よく分かるな」

分かるよ。お馴染みのパターンだからな。

「タクヤって案外お酒強いのな」
ベビーフェイスなのに意外…と、クリスは既に空になってるビール瓶をつつく。
「アイツは俺より強ぇよ。ペースはゆっくりだけどな」
「残念。酔い潰れたタクヤ見たかったのに」

クスリと笑うと俺に視線を向ける。

「俺にも見せたことないんだ、お前に見せるかよ。第一 明日も仕事あるのに、考えなしに飲むやつじゃない」
「そっか、アキヒロも見たことないんだ…ますます見たいな」

静かに交わす会話がまどろっこしい。

「万一酔わして、どうするつもりだよ」
「そりゃー勿論…お持ち帰り。最終的にはハワイへ」
「させねーよ」

間髪入れず遮る。
ホラ来た!しかも海外逃亡だぁ?

「それは、センセンフコク?」
「難しい言葉知ってんな。英語で何て言うんだ?」
「"declaration of war" …伊達に日本語専攻していたわけではないんでね。タクヤ迎えに来るなら、このくらいしなきゃ」

揚げ出しを口に含みながら、クスクス笑う。
余裕のあるその姿に違和感を覚える。
万が一 例えそうなったとしても、現実的に拓也がそんな簡単に海外など行くわけがない。
「生憎 拓也はそんな簡単に海外なんて行かねーよ」
「うん。だから、キリフダ持って来た」
「―――は?」

そこまで言って、拓也が戻って来た。

「お待たせー。何か、あんまり重要な話でもなかったよー」
職場の人からケータイなんかにかかってきたら、何があったかって驚くよねー、と苦笑しながら元いた場所に座り込むと、テーブルに着いた拓也の手に自らの手を重ねてクリスは言った。

「タクヤ、俺と一緒にハワイへ行かないか?」

「―――え?」



『引き抜き!?』
『あぁ。今度、俺の勤めてるカンパニーの海外事業部で日本への事業が強化される事になったんだ。勿論現地の日本人社員もいるけど、彼らはあちらでの生活が長い人が多い。そこで、日本の現状に詳しいスタッフも欲しいってことになって…』
『で、でも僕、言葉とかよく分からないし…今の仕事も…』
『あぁ、だから、明日そちらのオフィスに挨拶に行くんだ。俺んトコとタクヤんトコのカンパニー、繋がりあるんだぜ、知らなかった?』
『し、知らなかった…でも僕じゃなくても、優秀な社員、他にたくさんいるよ?』
『タクヤがいいんだ』
『…………』
『俺が帰国するこの週末までに、考えといてくれよ』





ここまでが、昨夜の話。
海外から突如やって来たライバルは、とんでもない切り札を持って来ていやがった。

仕事が絡んでいたら、恋だの愛だのそんな次元で決断を下せる程、俺たちはもう子供じゃない。
一社会人として、大人として決めることだ。
だから…俺が口出しできる話では…ない。


『父さんは…僕が行きたいなら、行けばいいって…社会人として、引き抜きに抜擢される事は、とても光栄なことだって』
「だろうな。俺も…そう思う…」
行って欲しくないけど。

夜、仕事から帰宅してぼんやりしていると、拓也から電話が来た。
昨夜の突然の引き抜き話から、その後どうやって帰宅したのか覚えていない。
無意識でも、身体が覚えたルートを辿って帰って来たんだな、きっと。

『実は"行くなー!!"って大騒ぎしてるけどね』
フフ、と苦笑が漏れるのがケータイ越しに聞こえる。
「お前は…どうしたいんだ?」
『…………』

沈黙。
次の言葉が発せられるまで、長かったのか、短かったのか、感覚がない。
『僕は…………』
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