君に交錯する道標

将来の夢はなんですか―――?

そんな希望溢れる問い掛けではない。
人生の岐路に初めて立たされる中三――15歳。
夢ではなく、現実として、真剣に考えなくてはならないのだ。

(そんなの、まだ分からないよ…)


数日前のHRで配布された進路希望調査の紙を眺めて、拓也は一つ溜め息を吐いた。
取り敢えずは、進学。
商業高校や工業高校…は何か違う。
ましてや芸術系は、もはや別世界。
まだ将来のビジョンは漠然としていて、それらの専門色の強い学校よりは、無難に普通科。
自分の偏差値を考えると、安全圏は上から二つ目以降の学校。
もう少し頑張れば、一番上の学校。

(藤井君は、もう考えてるのかな…)

昔から自分より大人びていて、一歩先を行っているように感じる同級生をふと思い浮かべる。

(藤井君が就きそうな職業…)

ぶっきらぼうに見えて、実は面倒見がいいから…保育士さんとか…。

「ぷっ…」

エプロンをつけて幼児に囲まれる彼を思い浮かべて思わず吹き出す。
そのまま調査票のプリントで顔を隠し、クツクツ笑っていると、不意に声を掛けられた。

「何のプリント… あれ?まだ出してなかったのか?」
「そんな面白いこと書いてあるか?調査票に」

「広瀬君!宮前君!」

同じクラスのこの二人は、教室内では拓也は彼らと一緒にいることが多い。

「いや、別に…」

拓也は少し赤面しつつ、プリントを二つ折りにして、クリアファイルにしまう。

「受験も然ることながら、まだ自分の将来ってあんまり想像出来なくって…」
「確かになー」
で、何で笑ってたんだ?と問われ、それは別のこと、と拓也は誤魔化した。

「まぁ実際 進路の話、俺も親父の事があったから、将来不安だよなー」
でも、高校くらいは出とかなきゃな、と宮前は自分の小学生時代に抱えた家庭の事情を振り返り、溜め息を吐いた。
今は宮前の父親も無事再就職を果たし、ちゃんと安定した生活を送っている。
進学も問題なく出来るようだ。

「広瀬君は?」
「俺は…美大進学を視野に入れて、芸術系の強い学校考えてる…」
「マジ?スッゲー… まぁ俺も、自分の成績で無難かつ、大学の進学率よりは就職率の高い高校をって思ってるけど」

(スゴイ…ちゃんと二人共 将来の事考えてる…)

「ふ、二人共凄いね。ちゃんと目標や先が明確で…」
「いやー、まだ漠然としてるけどな。なりたい職業とか就職したい企業とかは考えてないし」
「俺も美大進んで、それがちゃんと将来に結びつくかの保証ないしな」

それでも、高校卒業後の事までを踏まえての進学先選びをしている二人に、拓也は余計に焦りを感じる。

「榎木は?」
「僕はまだ…」

言葉に詰まりかけたその時、廊下の窓から担任に呼ばれた。
「榎木ー、この前配布したアンケート、今日締め切りだから昼休みに用紙回収して、職員室に持ってきてくれなー」
「あ、はい!」
返事をすると丁度チャイムが鳴り、担任は担当教科の授業のある隣のクラスへと向かい、入れ違いに、拓也のクラスの授業の担当教師が教室に入って来て、生徒たちもガタガタと席に着く。
進路の事を考えると、上の空になってしまう事に気づいた拓也は、取り敢えずは授業は集中しようと、黒板を一生懸命にノートに写すのだった。



一方、隣のクラスでも、同じように悩む男子生徒が一人。

(進路調査…提出いつまでだっけか…)

黒板に書かれた幾つかの数式をノートの上で解き終え、藤井はクルッとシャーペンを回した。

(まだ、自分が何になりたいとか、分っかんねぇよなー)

取り敢えずは、進学。姉貴や兄貴の母校…浅子姉とは一年カブるから、違うトコがいいなぁ。
まだ続く下を考えると、私学はもっての外、公立一本。

(アイツは何処受けるんかな…)

小学校で同じクラスになってから、何かと縁があり、気になる存在 榎木拓也。
気になる…というか、ぶっちゃけ好きだと藤井は自覚している。
中学で違うクラスになってから、たまにしか接しなくなった時に、感じた物足りなさ。
一度自覚したら、気になって気になって仕方ない。
休み時間など、気付くと廊下や校庭に意識を向けている。
拓也の姿を確認したくて。
そんな状態だから、出来れば同じ高校へ進学したい。
しかし…。

(アイツの事だから…もうしっかり将来の目標とか決めてるのかも…)

榎木の就きそうな職業…教師とか…。
中高よりは、小学校の先生。
ネクタイ締めて、教壇に立つ姿、子どもたちに囲まれる様子…。

(おぉ…似合う…)

あ、でも、いろいろ抱え込むヤツだからな。
小学生の頃も、それで何かと危うく感じ、つい気になり時には話を聞いたりもした。
そんなヤツだから、生徒一人一人の問題と真剣に向き合って、自分の事のように悩むんだろうな…。

(胃壊すぞ、榎木…)

自分の進路よりも、勝手な妄想で暴走する藤井だった。
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