移り行く季節の中で…

「子どもだけで大丈夫かな?」
窓に張り付いて、一つ後ろのゴンドラの様子を見る拓也に「大丈夫だろ。絶叫系でもなし、乗るだけだし」と、藤井は平然と答える。
「そうだけど…」
尚も心配そうにしている拓也に、藤井は一つ溜め息を軽く吐く。

「一加だって、子どもなりにも実が好きなんだぜ?観覧車くらい、いいだろ。それとも、途中で止まるんじゃないかとか思ってるわけ?」
「そうじゃないけど…」
顔を藤井に向けて、一応は否定する。
「じゃあ、別にいいだろ」
「ん、そうだね」

振り向くと、後ろのゴンドラに無事乗り込んだ二人を確認出来た。
早速、側面の窓から外の景色を楽しんでいる様子の二人を見て、やっと拓也も納得して、椅子に腰掛けた。


「榎木、ホラ」
暫く続いた沈黙の後、ある程度の高さまで昇った時、藤井が拓也に声を掛けた。

「わ…ぁ…」

そこには一面に広がる光の粒。
「綺麗だね」
「あぁ」

(あ、ちょっと…一加ちゃんに感謝…かも)

きっと4人で乗っていたら、今とは違う気分だったに違いない。
折角藤井君と来ているのだから、やっぱり、そういう雰囲気も楽しみたいと、拓也だって思ってしまう。
だったら、折角貰ったチャンスなのだ、浸ったっていいじゃないか。
拓也はそっと拳を握った。
「藤井くん...隣行ってもいい?」
勇気を振り絞って、それでも俯いてしまうのはやっぱり少し恥ずかしさもあって...。
「もちろん。来いよ」
藤井は言いながら、まだ戸惑いを残している拓也の手を取って引き寄せた。

二人の間で手を繋いだまま、ゆっくり昇るゴンドラから景色を眺める。何となく交わす言葉はなく、しかしそれが逆に心地が良いなと拓也は思った。
「もうすぐ頂上…」
「榎木…」
ふと拓也が発した言葉と同時に呼ばれ、藤井の手が拓也の頬を掠めた。
「や、実たちに見られる…」
それに、ほかのゴンドラの人達にも…

躊躇いの色を瞳に宿した拓也を見つめて、藤井は拓也に静かな声で話しかける。

「知ってるか?」
「え?」
「観覧車には、必ず死角があるって」

そう言った刹那、触れ合った唇。
すぐに解かれたかと思ったら「もう少し」と囁きが聞こえ、今度は深く舌を絡める。

たった数秒の出来事。
でも、そのたった数秒が、とても長く感じられた。


「もしかして…計算してた…?」
さっきの沈黙の間…
「理系に強い、自分の頭に拍手」
片目を瞑って悪戯っぽく笑う藤井に、拓也は呆れるのと同時に笑いも込み上げる。

「もう、藤井君ってば」
「お、怒鳴られること覚悟だったんだけど」
「この夜景に免じるよ」

クスクスと笑って、今度は近づき行く光の粒を、脳裏に焼き付ける。

「藤井君…」
窓に手を着いたまま、顔を藤井に向けて
「今日、楽しかったね」
と微笑んでみせる。
そんな拓也に、目を細め「あぁ」と応える藤井。


もうすぐ着地点。
地上に降りれば、また現実が待っている。
それまで、あと少し…ゴンドラの扉が開くまで、二人は手を繋いで今度は会話を楽しんだ。


ゴンドラを降りて、階段の下で待っていると、すぐに実と一加も階段を降りてきた。

「兄ちゃん!景色見た!?」
「見たよー。綺麗だったねー」
「今日のこと、しゅくだいの絵日記にかくんだー♪」
「あぁ、いいんじゃない?楽しかったもんね」

ホクホクと満足気に話す実の言葉を聞きつけて、藤井が待ったをかける。

「宿題ってことは…寛野が読むのか?」
「?そうだよ?」
嫌な予感がして、藤井は実に釘を刺す。
「実、余計な事 書くなよ?」
「?余計って?」
「ふっ、藤井君!!」
藤井君のその言葉が余計だよ!と言う拓也に、
「あーもう、お前は寛野の本心知らねぇからー!」
「本心って?」
どこまでも鈍い恋人に、溜め息を吐きたくなる。

「あ、やっぱり寛野先生って、昭広兄ちゃんのライバルなんだ?」
コソッと一加が藤井に耳打ちする。
「…………」
無言で妹を睨み見る兄貴に対して、ヘラッと笑み、
「たーいへーん。拓也お兄様ー、寛野先生って、ステキよねー」
「ん?うん。いい先生だよね」
と、探りを入れる一加に拓也はニコニコと答える。

「…まぁ、今のところ、大丈夫なんじゃない?拓也お兄様 鈍いから」
「…一加…」
このマセガキ、どうしてくれようかとも思ったが、拓也の鈍さにも救われていることも事実なので、水に流すことにする。

「さ、帰ろうか」
すっかり暗くなった空を仰ぎ見て、4人は退場ゲートをくぐる。
「星がたくさん!明日も、いいお天気だね」
空には星屑と秋の月。

移りゆく季節に、たくさんの思い出と一つの想いを重ねて…。

「月も綺麗…月を眺めながら帰るのも、また乙だね」

無邪気に兄二人の前を歩いたり走ったりしている弟妹達の後ろで、にっこりと微笑む拓也に、一瞬の口付け。

「…………っ」
「満月で狼は変身するんだぜ?」
それだけ言い残して藤井は「ホラ、暗いからコケるぞ」と、実と一加に走り寄る。

そんな藤井に
「今日はまだ満月じゃないっ!!」
と反論するのが精一杯の拓也だった。


-2013.09.12 UP-
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