いつか強くなる日まで
「かんの先生ー、先生は、兄ちゃんの先生でもあったんだよね?」
「ん?」
小学校の休み時間。
実の現担任である寛野がクラスの教員用の机で仕事をしていると、実がニコニコと傍に寄って来た。
「先生って言っても、お兄さんが6年生の時にたった一ヶ月だけだったけどね」
仕事をしていた手を止め、寛野は穏やかな表情で実を見る。
「そうなの?でも、兄ちゃん "かんの先生は、とってもいい先生だから、兄ちゃんあんしんしたー"って、僕の入学式のとき言ってたよ!」
実の言葉に寛野は目を丸くしたが、すぐにふっと微笑んで
「そうか。じゃあ、先生も頑張らなきゃな」
と、実の頭にそっと手を置いた。
「先生 先生!そのころの兄ちゃんって、どんなんだった?」
自分の知らない学校での、しかも小学生だった兄に興味津々と、実は声を弾ませる。
「そうだなぁ…すごくいい子だった。いい子すぎて、心配だったな」
「しんぱい…?いい子なのに?」
まだ幼い実には、理解するには少し難しい。
「でも、強かったな。守るものがあったから」
「まもるもの?」
クスリと笑い、実の頭に置いたままになっていた手を寛野はわしゃわしゃと動かす。
「わっ」
「今度は実くんが強くなって、お兄さんの助けになってやらなきゃな」
「!」
実の目がキランと輝く。
「僕も兄ちゃんみたいにつよくなれるかな?」
「きっとなれるさ。君は幼い頃から一番近くで彼を見てきた。彼のいいところ、全部知っているだろ?」
「うん!あ、でも…さいきんちょっとうるさい…」
「煩い?」
どういう事だ?と寛野が尋ねると、
「わすれものないかーとか、しゅくだいやった?とか…」
そんな拓也を寛野は思い浮かべてクスリと笑う。
「ほら、そういうところも。実くんがしっかりすれば、お兄さんも安心する。そういう事も"強くなる"という事だ」
そこまで言うと、丁度チャイムが鳴った。
校庭で遊んでいた子ども達も、次々と教室へ帰って来た。
「はい、授業始めるぞ。席着いて」
「先生、兄ちゃんの事 スキでしょ?」
「!」
自分の席に向かいながら、首だけ振り向いて寛野の答えを待つ実。
「あぁ、好きだよ」
寛野の応えに実は満足し
「僕も!」
と返して席に着いた。
夕飯と片付けを終え、拓也がリビングでまったりしていると、
「兄ちゃん、おふろ いっしょに入ろー」
と着替えとタオルを持った実が誘ってきた。
「いいけど…小学校に入ったら、一人で入るんじゃなかったっけ?」
「たまにはいいじゃーん」
「パパは?」
春美がニコニコしながら会話に混ざるが
「パパはいい。また今度ね」
キッパリと言う実に
「流石にパパはちょっと…」
思春期よろしく拓也も遠慮する。
「由加子さーん…息子達が冷たい…」
一人寂しく晩酌をする父親に苦笑を漏らしながら、拓也も着替えを取りに行った。
「今日ね、かんの先生と、兄ちゃんのこと はなした」
「えっ!?」
何を話したんだろう…と、不安と恥ずかしさから拓也の湯気に火照った頬が余計に火照る。
「兄ちゃん、僕、つよくなるね」
「実?」
「つよくなって、兄ちゃんのこと たすけるんだー」
目をキラキラさせて拳を握る実を見て、拓也に笑みが零れた。
「それは、頼もしいなー」
そうして、きゅっと実を抱きしめた。
「でも、少しずつでいいからね。それまでは、兄ちゃんが実を守るって決めたんだから」
言いながら、実の後頭部をポンポンと撫でる。
(何だかんだ言って、実の成長は嬉しい反面、やっぱ寂しいものがあるなー…)
兄貴失格だ…と思いながら、拓也は実の肩越しに頬を掻く。
「兄ちゃん…そろそろ、あつい…」
「わぁっ、ごめん」
パッと身体を離すと、実はザバッと浴槽から出た。
「兄ちゃんはまだ出ないの?」
「うん、もう少し」
肩まで湯船に浸かり、ふーっと息を吐く。
「兄ちゃんって長湯だよね」
「そうかな?って、出るなら早く拭いて服着ないと、湯冷めするぞ」
「はーい」
返事をして風呂場から出る実を見送り
(お風呂も、いつまで誘ってくれるかなぁ…)
とふと思う拓也。
自分がパパと入ることに抵抗を感じ始めたのが、中学入った頃だから…実もそのくらいかなぁ…。
(あ、やっぱり寂しい)
年上と入ることには抵抗があるが、年下と入ることにそれを感じない不思議。
きっと、いつまでも、可愛い存在である証拠なのだろう。
そろそろ出ようかな、と思ったその時、
「兄ちゃん」
風呂場のドアを開けて、ひょっこり実が顔を出した。
「おやすみなさい」
歯磨きも終え、寝る支度を整えて一日の終わりの挨拶に来たのだ。
「実!」
拓也は勢いよく浴槽から立ち上がった。
「一緒に寝ようか?」
咄嗟に出た自分の台詞に、拓也は思わず赤くなる。
「あ…」
「いいの?」
「み、実が寝付くまでね?」
「うん!」
わーいと、部屋に戻って行く実を見送って、パジャマに腕を通す。
(僕も大概弟離れしてないよな…)
頭をわしゃわしゃと拭きながら、溜め息を吐くが
(ま、いっか…まだ今は)
と、弟の待つ寝室ヘ向かうのだった。
-2013.09.09 UP-
「ん?」
小学校の休み時間。
実の現担任である寛野がクラスの教員用の机で仕事をしていると、実がニコニコと傍に寄って来た。
「先生って言っても、お兄さんが6年生の時にたった一ヶ月だけだったけどね」
仕事をしていた手を止め、寛野は穏やかな表情で実を見る。
「そうなの?でも、兄ちゃん "かんの先生は、とってもいい先生だから、兄ちゃんあんしんしたー"って、僕の入学式のとき言ってたよ!」
実の言葉に寛野は目を丸くしたが、すぐにふっと微笑んで
「そうか。じゃあ、先生も頑張らなきゃな」
と、実の頭にそっと手を置いた。
「先生 先生!そのころの兄ちゃんって、どんなんだった?」
自分の知らない学校での、しかも小学生だった兄に興味津々と、実は声を弾ませる。
「そうだなぁ…すごくいい子だった。いい子すぎて、心配だったな」
「しんぱい…?いい子なのに?」
まだ幼い実には、理解するには少し難しい。
「でも、強かったな。守るものがあったから」
「まもるもの?」
クスリと笑い、実の頭に置いたままになっていた手を寛野はわしゃわしゃと動かす。
「わっ」
「今度は実くんが強くなって、お兄さんの助けになってやらなきゃな」
「!」
実の目がキランと輝く。
「僕も兄ちゃんみたいにつよくなれるかな?」
「きっとなれるさ。君は幼い頃から一番近くで彼を見てきた。彼のいいところ、全部知っているだろ?」
「うん!あ、でも…さいきんちょっとうるさい…」
「煩い?」
どういう事だ?と寛野が尋ねると、
「わすれものないかーとか、しゅくだいやった?とか…」
そんな拓也を寛野は思い浮かべてクスリと笑う。
「ほら、そういうところも。実くんがしっかりすれば、お兄さんも安心する。そういう事も"強くなる"という事だ」
そこまで言うと、丁度チャイムが鳴った。
校庭で遊んでいた子ども達も、次々と教室へ帰って来た。
「はい、授業始めるぞ。席着いて」
「先生、兄ちゃんの事 スキでしょ?」
「!」
自分の席に向かいながら、首だけ振り向いて寛野の答えを待つ実。
「あぁ、好きだよ」
寛野の応えに実は満足し
「僕も!」
と返して席に着いた。
夕飯と片付けを終え、拓也がリビングでまったりしていると、
「兄ちゃん、おふろ いっしょに入ろー」
と着替えとタオルを持った実が誘ってきた。
「いいけど…小学校に入ったら、一人で入るんじゃなかったっけ?」
「たまにはいいじゃーん」
「パパは?」
春美がニコニコしながら会話に混ざるが
「パパはいい。また今度ね」
キッパリと言う実に
「流石にパパはちょっと…」
思春期よろしく拓也も遠慮する。
「由加子さーん…息子達が冷たい…」
一人寂しく晩酌をする父親に苦笑を漏らしながら、拓也も着替えを取りに行った。
「今日ね、かんの先生と、兄ちゃんのこと はなした」
「えっ!?」
何を話したんだろう…と、不安と恥ずかしさから拓也の湯気に火照った頬が余計に火照る。
「兄ちゃん、僕、つよくなるね」
「実?」
「つよくなって、兄ちゃんのこと たすけるんだー」
目をキラキラさせて拳を握る実を見て、拓也に笑みが零れた。
「それは、頼もしいなー」
そうして、きゅっと実を抱きしめた。
「でも、少しずつでいいからね。それまでは、兄ちゃんが実を守るって決めたんだから」
言いながら、実の後頭部をポンポンと撫でる。
(何だかんだ言って、実の成長は嬉しい反面、やっぱ寂しいものがあるなー…)
兄貴失格だ…と思いながら、拓也は実の肩越しに頬を掻く。
「兄ちゃん…そろそろ、あつい…」
「わぁっ、ごめん」
パッと身体を離すと、実はザバッと浴槽から出た。
「兄ちゃんはまだ出ないの?」
「うん、もう少し」
肩まで湯船に浸かり、ふーっと息を吐く。
「兄ちゃんって長湯だよね」
「そうかな?って、出るなら早く拭いて服着ないと、湯冷めするぞ」
「はーい」
返事をして風呂場から出る実を見送り
(お風呂も、いつまで誘ってくれるかなぁ…)
とふと思う拓也。
自分がパパと入ることに抵抗を感じ始めたのが、中学入った頃だから…実もそのくらいかなぁ…。
(あ、やっぱり寂しい)
年上と入ることには抵抗があるが、年下と入ることにそれを感じない不思議。
きっと、いつまでも、可愛い存在である証拠なのだろう。
そろそろ出ようかな、と思ったその時、
「兄ちゃん」
風呂場のドアを開けて、ひょっこり実が顔を出した。
「おやすみなさい」
歯磨きも終え、寝る支度を整えて一日の終わりの挨拶に来たのだ。
「実!」
拓也は勢いよく浴槽から立ち上がった。
「一緒に寝ようか?」
咄嗟に出た自分の台詞に、拓也は思わず赤くなる。
「あ…」
「いいの?」
「み、実が寝付くまでね?」
「うん!」
わーいと、部屋に戻って行く実を見送って、パジャマに腕を通す。
(僕も大概弟離れしてないよな…)
頭をわしゃわしゃと拭きながら、溜め息を吐くが
(ま、いっか…まだ今は)
と、弟の待つ寝室ヘ向かうのだった。
-2013.09.09 UP-
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