いつか強くなる日まで

子供ながらに、守らなきゃいけないと思ったその存在。
ママが残してくれた、僕とパパにとっての、大切な忘れ形見。



「おはよーございまーす」
父親と長男が朝食とお昼の弁当の用意をしているキッチンに、一番最後に姿を現した榎木家次男坊。
「おはよー」
「おはよう、実」
朝一番の挨拶を交わして、今日もいつもの一日が始まる。

「実、今日 体育なかったっけ?」
朝食の卵焼きをつつきながら、拓也は実に確認を入れた。
「あ、ある」
「体操着、用意してある?」
「…まだ」
箸の先を口に咥えたまま、上目遣いで兄を見る弟は「ヤバイ」という表情をしている。
「実ぅ。ちゃんと前の日に用意しとけっていつも言ってるだろー」
「教科書とノートまではカンペキにそろえてたんだけどな」
教材を揃えた時点で満足する辺り、小学一年生らしいと言ったら微笑ましいが。
「タンスの引き出し、2段目に入ってるから、忘れるなよ」
「うん」

(すっかり母親のようだ…)

そんな会話を繰り広げる愛息子たち、すっかり日常茶飯事となってしまったこの光景に、春美は特に長男に複雑な思いで視線を向ける。

「拓也は今日、放課後予定あるのか?」
「んー、特には…」
「今日、パパも定時に上がれる予定だから、うちのことは気にしなくていいぞ」
そう告げた瞬間、拓也の表情がパッと明るくなる。
「え、ホント?じゃあ…ちょっと遅くなるかも…」

(うんうん、素直でよろしい)

早くに母親を亡くし、第一子で長男の立場故、それこそ子供の頃から家事やら幼い弟の面倒やらを背負ってきた。
本人もまた、それが家族としての自分の務めだと認識し、今も尚 一生懸命熟している。
そのことに、春美は父親として多分に感謝をしていると同時に申し訳なさも感じざるを得ない。
折角の高校生という人生で一番楽しい年代、同級生らと共に息子にも存分に青春を謳歌してもらいたいと常々思っているので、拓也のこういう素直な反応を見られるのは、春美にとって最も嬉しいことだった。

「でもちゃんと、夕飯までには帰ってくるから。ごちそうさま」
言いながら、拓也は食べ終えた食器をシンクに運び、鞄を手に取る。
「実、体操着忘れるなよ」
リビングを出る前に、念押し。
「わかってるよー」
「行ってきまーす」
「いってらっしゃーい」
「気をつけてけよー」

実も食べ終わった食器を運び、春美に渡す。
「ごちそうさま」
「…実、拓也の事 少しうるさいって思ったろ?」
「…うん」
ぺろっと舌を出して笑う。
「お、いっちょまえに反抗期か?」
「そんなんじゃないけど…でも、友だちとかのお母さんもあんな感じみたいだし」
「まぁ、母親は、どこもそうなのかもな」
春美はポンと実の頭に手を置き、
「じゃあ、パパもママみたいなセリフを一つ…ハンカチ持ったか?」
「あ」
「…拓也に知られなくて良かったな。体操着と同じ2段目!ハイ、今取りに行く!」
「はーい」
素直に返事をし、実と春美が寝室に使っている部屋ヘ戻り、タンスの2段目を開ける。
体操着を体操袋に入れ、ハンカチをポケットに入れて、そのままランドセルを背負って。
「いってきまーす」
実も元気良く玄関を出る。

息子達を見送った最後に、戸締りをして春美も出勤。
「今夜は何作るかなぁ…おっと、時間時間」
腕時計を確認して、慌てて駅へと向かう。

そんな榎木家の、朝の風景。
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