ココロ、Up Down Up

「あ、拓也達のクラスだ」

授業中、俺の机に前の席の机を向かい合わせにしくっ付けて座る後藤が、窓から校庭を見下ろして言った。

「理科?黒点観測か…」
「だろうな」

集団に一緒にいる担当教師から、授業内容を把握する。

因みに今俺らのクラスは、担当教師都合により自習。
二年までは自習となれば自由時間だと言わんばかりに好き放題だったが、流石に中三ともなれば、課題プリントを熟した後は、各々のペースで勉強に取り組む生徒が多い。

一人で集中するヤツもいれば、席移動して仲間と勉強するヤツもいる。
俺はどっちでも構わんが、プリントを終えた後藤が問題集を片手にやって来て、俺の前のヤツと席を交換して今に至る。

「授業と言えど、外に出れるのっていいよなぁ」
「だな」

コイツ喋りに来たのか?と思いつつも、アイツのクラスだと知ったら、ついつい視線が机の上から窓の外へと向かってしまう。


「俺も外行きてぇー」
こんなに天気いいんだぜーと、後藤は口を尖らせてその上にシャーペンを乗せ、両手を後頭部で組んで椅子を前後にスイングさせる。

「コケるぞ、というかコケろ」
「お前なぁ…」

呆れた顔をして、それでもスイングはやめて後藤は体勢を直した。
俺は視線を、机の上の先程まで取り組んでた問題集に戻すが…イカン、意識が校庭だ。
全然頭に入って来ない。

「あ、拓也気付いた」

なぬ?

思わずつられて外に目をやると、おー!っと校庭に向かって手を振る後藤に、榎木は笑顔で小さく手を振り返していた。

そして、ふと俺と目が合う。

(あ、れ…?)

瞬間、榎木の驚いた、顔。

(…ヤバイ…目線、動かせねぇ…)

お互い、金縛りにかかったかのように、体と目線が微動だにしない。

―――…っ、

「…じい、藤井?おい?」
ハッと我に返り、平静を装い「何だよ」と後藤を見る。

「べっつにぃ。拓也に見とれてた昭広君を現実に戻してやっただ、いてぇ!!」

思わず下敷きの側面で後藤の頭をスコンと刺していた。

「おまっ、下敷き表面じゃなく側面は凶器だろ!」
「あ、ワリ」

下敷きをノートに戻して再び校庭を見遣ると、榎木も広瀬と宮前に声を掛けられていて、何だか慌てている様子。
そして、こちらを三人で見上げると、榎木はさっき後藤にしたように小さく手を振る。

それに誘われるかのように、右手が胸元まで上がり掛けたその時、

広瀬が榎木の肩をグイっと引き寄せ、宮前が反対側の肩に自らの腕を乗せ何かしら耳打ち。

イラッ。

「…アイツら、相変わらずだなぁ…」
そう言い呆れながら後藤が俺を伺い見て
「ふっ藤井!!この問い解るか!?」
慌てた様子で問題集の一問を指した。

「あぁ?」

お前の英文法の理解度なんて俺の知ったこっちゃねんだよ!

「こんなモンも解んねぇなら落ちるな、後藤」
「ひっひでぇ!!俺にあたんなよぅ、藤井ぃ」

あーもー、仲良く黒点観測なんかしやがって!
何で榎木はうちのクラスじゃねんだよ。

(…何て思っても仕方ないか…)

三人で喋りながら観測グラスを持って太陽を見上げる榎木を確認して、はぁ―――っと溜め息を吐きつつ、シャッと日避けカーテンを閉めた。

「何だ、出来てるじゃねぇか」
「は?」
後藤の問題集を覗き込む。
「今言ってた問題」
「あ、合ってるか?」
「あてずっぽう?解説いるか?」
「確認の為にも頼む!」

問いの英文を訳しながら、窓から入る風を感じる。
自分で閉めた筈なのに、風に煽られて翻ったカーテンの隙間からアイツの姿を捜しちまう自分が、何だか情けなく感じる。

"藤井君って、クールだよね"

人からよく言われる言葉。
そういやぁ、榎木にも言われた事あったっけか。

「どこが?」
榎木の事となると、些細な事で一喜一憂だ。
違う、憂よりは一喜一怒の方が近い…更には怒よりも苛(イラ)だな。

「え?どっか何か違うか?」
慌てて問題を見直す後藤に
「いや、こっちの事」
と何食わぬ顔で返した。


授業終了後―――

「あ、ゴンちゃん藤井君!」

次の授業は音楽で移動中の俺は、理科室から教室へ戻る榎木(プラスその他二人)に鉢合わせた。

「今ね、黒点観測だったんだ」
「おぅ、見てたぜー」
楽しそうに後藤と話す榎木は、見ていて微笑ましいんだがな。

「そうだ、藤井君」
ゴソゴソとポケットを探って差し出されたのは、女児用の一枚のハンカチ。
「一昨日一加ちゃん、うちに遊びに来て忘れてったから、渡してくれる?洗濯はしてあるから」

卒園して2年になるというのに、相変わらず榎木家へ出入りしている我が妹。
小学校へ上がったら実への執着も軽減されると思ったが、そうでもない。

「悪かったな、サンキュ」
「気にしないで」

じゃね、と手を振り教室へ向かう榎木の後ろ姿を見送る。

「さっきと機嫌180°違うな」
後藤が俺を見て苦笑する。
「ほっとけ」
後藤の視線を避けるように、一歩前を歩く。
「洗濯済みだってよ」
「………」

このハンカチ、パクってもいいかな。

そんなバカな事が頭を掠めた、15の初夏―――。


-2013.05.27 UP-
1/1ページ
    スキ