拍手⑨

「藤井」
「ん」

布瀬から箒を受け取り、藤井は掃除用具ロッカーへ片付ける。
今週は、藤井・布瀬と二人を含む彼らの出席番号前後6名が掃除当番。

「布瀬ー、部活行っていいかぁ?」
「おぉ、今日もご苦労さん」

他のメンバーも用具を片付け、グループに与えられたポジション全体の掃除が終わった事を告げた。
掃除が終われば、部活や委員会、帰宅と、各々に散らばる。

藤井と布瀬は一緒に鞄を取りに教室へ。
「藤井もお疲れ。榎木待ってるんだろ?」
「あぁ。じゃな」
「おう」
帰り支度を整え、藤井は拓也が待っている校舎の最上階に位置する図書室へ向かう。

図書室へ着くと、そのドアに張り付くようにして中を伺っている女子生徒が三人程いた。

(通れねぇ…)

藤井が集団の一歩後ろに立ってどうしたもんかと考えていると、その内の一人が藤井に気が付き、「ごめんなさい」と他のメンバーの服を引っ張り、道を開けた。

「悪ィな」
藤井がドアに手を掛けて開けようとした時、ドアのガラス窓から目に入って来た光景。

パッと手をドアから離し、女子の集団を見遣る。

「あ…榎木君に用事?藤井君…」
一人が藤井に声をかける。

「あぁ…」
短く藤井が答える。

「ちょっと待ってて貰えるかな…?」
別の一人が、申し訳なさそうに言う。

「ま、そうなるよな」
藤井は溜め息を吐いて、図書室の脇の壁に寄り掛かった。
この情況が何を意味しているか、藤井にはよく解っていたから。

暫く気まずい沈黙が三人と一人の間に流れた。
そんな中、口を開いたのは、一人の女子。

「藤井君と榎木君って、同中だよね。榎木君って、中学時代どんなだったの?」
「どんなって…別に今と変わらないけど」
「じゃあ、やっぱり皆に優しかったりしたんだ?」
「そうだな。男も女も関係なく接するな、アイツは」
「へー…じゃあ、やっぱりモテてたよね?」
「さあ?それなりに告られてたんじゃね?」

一度答えたら次々と質問が降ってくる。
面倒な事に引っ掛かったな…と少し思い始めたその時、

「じゃ、じゃあ…藤井君は?」
「は?」
「藤井君は、彼女とかいるの?」

いきなり矛先が自分へと転換した事に、藤井の眉が少し上がった。

「それは、今答えなきゃいけない事?」

それまで雑談のような雰囲気だった場が、少し固まる。

「あ、ううん!ごめんなさい、色々聞きすぎちゃった」

質問を投げかけた彼女が直ぐさま謝ると、藤井も「別に…」と、それ以上は口を閉じた。

そうこうしている内に、拓也と話をしていた彼女が、図書室から出て来た。

「榎木君、大切な人がいるんだって」
待っていた友人達に報告。
「その人が大切だから、応えられないけど、ありがと…って…っ」

そこまで言って、堪えていた彼女の瞳から零れる大粒の涙。
一人が「藤井君、じゃあね」と藤井に声をかけ、友人達は彼女を取り囲みながら、その場をあとにした。

(全く…中途半端に優しくしやがって…)

拓也の優しさは、彼の最大の長所であり、時には欠点にもなる。
藤井は、自分が嫌な事ははっきり断る為、振る相手に決して「ありがとう」など言わない。
溜め息を小さく吐いて藤井が改めて図書室へ入ると、その物音に気づいた拓也は文庫に落としていた視線を上げて名前を呼んだ。

「藤井君!」
パッと綻ぶ笑顔を藤井は嬉しく思う。
「待たせたな」
「ううん。掃除当番、ご苦労様」

労いの言葉と一緒に見せる笑顔は、藤井にしか見せない類いの、笑顔。
拓也自身は気付いていないが、そういう表情がいくつかあるのは確かだった。

(大切な人…か)

同じクラスの女子を振ったその言葉は、紛れも無く自分の事。
そう思うと、彼女には悪いと思いつつとてつもなく感じる優越感。

雨の中、並んで歩きながら、一人密かにそんな感情を抱きつつ思い付く意地悪。

「この色男」
「な…!」

見てたの!?と慌てる拓也がこの上なく可愛い。

――こんな可愛い奴、他の誰にも渡すかよ。

そう心の中で宣言し、傘に隠れ、慌てる彼にお構い無しに口付ける藤井だった。


☆――――――――☆

拍手有難うございます!
管理人の綾見です。
毎度同じ挨拶で失礼致します。

今回の拍手企画は、リクエストで頂いた「Mainの話の番外編的な話」という事で、具体的にどのお話かは指定がなかったので、勝手に選んでみました。
『Rain Drops』の藤井側のストーリーです。
実は何もかも知ってての、あの帰り道の会話。
性格悪いな藤井!!(笑)

本編(?)書き上げて随分経つので、話の雰囲気とか若干ちぐはぐ感が無きにしもあらずですが(汗)楽しんで頂けたら、幸いです。

拍手・ご拝読、
有難うございました!

-2013.06.03 UP-
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