拍手㉒

日中の日差しの強さとは打って変わって、日が落ち始めると気温は少しずつ下がり始め、夜の戸外でシャツ1枚では若干肌寒く感じた。
耳には秋の虫たちの奏でるハーモニーが届く。そういえば、あんなに騒がしく存在を主張していたセミの声を、いつの間にか聞かなくなった。

9月に入って二週間ほど経つ。長いようであっという間だった夏休みが終わり、仲間たちとの日常が再開した日中はチリチリと続く残暑に項垂れながらも、それでも少し意識をすれば、こんなにも秋の気配がしていたことに気付く。


今夜は十五夜、中秋の名月。
月が綺麗に見えるのも、秋の風物詩の一つと言えよう。だが――……。


「見えないね」
「おぉ、全くな」

辺り真っ暗な川原、本来ならそこをほのかに照らしている筈だった存在は、空を仰ぎ見た二人にその姿を隠していた。

あんなに長かった日もだんだんと短くなり、放課後少し居残ったり寄り道をしたりすると、自宅最寄りに着く頃には夜空に近いグラデーションになっている。
今日もそんな放課後、そういえば今日十五夜だ! と思い出した拓也が「暗くなりついでに、折角だからお月見しよう♪」と提案し、月を綺麗に見せるには、明かりの少ない場所! と毎年花火大会の会場にもなる川原へ藤井と足を延ばしたのだが。

「残念。曇っちゃったか」

昼間はあんなにいいお天気だったのに……、と夏の制服のままの拓也は軽く肩を竦めて身震いした。

「寒いか?」
「え? あ、少し。日が落ちるとだいぶ肌寒くなってきたね」

制服の衣替えは10月。余裕を持っての移行期間も9月最後の一週間からだし、そもそも日中はまだ残暑の厳しい季節。帰りが遅くなったのも、この月見も、偶然の成り行きからの行動で当然上着など持っていない。

「月も見えないし、帰るか」
「うん、そうだね」

元来た道に踵を返し、自宅方面へ足を進め始めた。



温かいものでも買うか、と途中コンビニに立ち寄った。

「あ、中華まん始まってる」
「早いな。昼間はまだ食う気しねえけど……」

コンビニから出た二人のレジ袋の中身は、缶コーヒーと今季初の中華まん。

「花より団子、ならぬ月より餡まん♪」
「腹が減っては戦はできぬ」
「戦って、藤井君何かと戦うの?」
「家に辿り着くまでの腹の虫。これで家までは何とかもつ」

早速袋から出した肉まんにかぶり付く藤井に拓也もアハハと笑いながら、自分の餡まんを頬張る。
明るかったコンビニから少し離れると住宅街に入り、街灯があるといえど、やはり少し薄暗い。
他愛のない話をしながら進める歩みは、二人の自宅の分かれ道に辿り着いた。

「じゃあな」
「うん、また明日」

手を振って、それぞれの自宅方面へ足を向けた時。

「あ、」

拓也の背中越しに藤井の声が聞こえたと思ったら、名前を呼ばれた。

「榎木」
「何? 藤井君……」

振り向いて、空を見上げている藤井に倣って拓也も顔を上げると――

「わ……」

雲の隙間から真ん丸の月が顔を覗かせた。

「キレイ……」

月から発する光の反射は、今まで自身を覆っていた雲の輪郭を浮かび上がらせて、その存在を静かに主張した。

「雲一つない空の月とは、また違った雰囲気に見えるね」
「そうだな」

月の周りをゆっくりと流れる雲を照らす幻想的な月明かりにすっかり魅入られ。

「藤井君、もう少し……」
「お前がよければ」
「うん」

九月・長月・夜長月。
月の綺麗な今宵だけは、大切な君と二人、長い夜のほんの少しだけ。

一緒に月を眺めよう。


―――月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月……よみ人知らず
(毎月見頃の月はあるけれど、名月と呼ばれる月は、やはり夜長月である今宵の月に限ろう)


☆――――――――☆


お久しぶりですと言わざるを得ない管理人の綾見です、ごきげんよう。
今年の中秋の名月は、スーパームーンも拝むことができていやっふぅ!なお月見日和でしたね☆
折角そんな奇跡的な題材を扱ったというのに、やはり遅刻でもう情緒もへったくれもありませんが、ここに二人の秋の始まりをお届け致します。
秋の夜長に差し掛かった中秋、夏の名残と秋の切なさの狭間で、ムードも気分も妄想も盛り上げていきましょー。
書かないのは敢えてです(ドヤ)。
脱☆ワンパターン!(という名の逃げ)
本音はSideに「月夜にキスを~」があるので、具体的なイチャシーンぶっ込むと話的には同じだろうよと思いまして。

あと、最後の歌は出典が不明とされている歌ですが、訳は参考文献をもとに少し言い回しをアレンジしました。
陰暦では中秋の名月は8月なので…この歌「月」が8回出てくるんですが、「8月」を意味しているそうです。凄いですね!

今回も、拍手・閲覧・ご拝読、有難うございました。

-2014.09.14 UP-
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