拍手⑰

「お久しぶり」

いつもと同じ時間の電車に乗る為にホームでそれが来るのを待っていると、後ろから声を掛けられた。
久しく耳にしていなかったその声は、しかしながら聞き覚えがあるものだった。

「え、――あ、槍溝さん!?」
「そうでーす、槍溝でっす」

しれっとVサインをして見上げる彼女は、小・中と同級生だった女の子――槍溝愛だった。

「おはよう。ホント、久しぶりだね。元気だった?」
「えぇ、お陰様でピンピンしているわ。榎木君も元気そうね、――藤井君も」

中学を卒業してからもうすぐ一年。
別の高校へと進学した彼女と会うのは、それ以来だった。

「榎木、俺席外す…」

小学校卒業間際の春に、彼女の拓也への想いは後藤の口からと熊出の暴走により周知となってはいたが、だからと言ってそれ以来、藤井の知る限りでは、拓也への具体的なアプローチはないままだったと思う。

(だから、今日か…)

そう、今日は、高校に入ってから初めて迎えるバレンタインデーだった。

「別に、気を使ってくれなくてもいいのに…」
槍溝は藤井に向かって言うが、
「手が冷たくてたまんねぇから、自販行ってくるだけだよ」
と、その場を離れる。
その際、さり気なくポンと拓也の頭をひと撫で。

「?」

藤井の行動と、二人の交わした会話に的を得ない拓也は、ただただキョトンとするだけだったが、その様子に、槍溝はクスリと笑った。

「榎木君、相変わらずねー」

クスクス笑う槍溝に、拓也はますます困惑の表情を浮かべる。

「な、何?それに、槍溝さん、登校途中に会うなんて初めてだよね。いつもは違う時間なの?」
「そうよ。そもそもこの路線じゃないし。なぁに?仮にも自分に想いを寄せてた子の進学先も知らなかったの?」
「え!?」
「まぁ、榎木君に告白してきた子なんて結構いたから、そんなのいちいち覚えてられないか」

槍溝から紡ぎ出される言葉の意味に、かぁーっと顔に熱が集まる。

「そ、そんな事ないよ。槍溝さんは…確か、西女子だったよね?」
「ご名答~。制服、コートに隠れてるのに、よく分かりました~♪」

小学校からの流れで、他の女子生徒よりも気軽に話す間柄でもあったし、拓也たちの通う高校に並ぶ進学校である女子高に行ったこともあり、拓也の記憶に残っていた。
コロコロ笑っているそんな彼女に、やっぱり掴めない子だなーと思いつつ彼女を見ていると、当の本人はゴソゴソと鞄を探り始めた。

「はい、コレ」

差し出されたのは、掌サイズのボックス型の包み。

「え…」

「まさか高校生にもなって、今日何の日か知らないわけじゃないわよね?」

「あ、ぅ、知ってる…けど」

「午前6時半」

「え?」

差し出された包みを、自ら受け取ろうとしない拓也に、槍溝は言った。

「学校、何時に行くか分からなかったから、6時半から待ってたの。放課後なんて、それこそ捕まえられる可能性なんて皆無に等しいし。受け取ってもらわなきゃ、私の貴重な時間がパーだわ」

「う…、そうだよね…朝早くから、どうも有難う…」

そんな待ち伏せなんて勝手にやられた事を逆手に取られて責められても、「そんなの知らねーよ!」となるのが普通だが、そうならないのが拓也である。

(変わってないなー榎木君…)

その事を知っているから、確実に受け取って貰う為の、魔法の言葉。

(こんなに簡単に信用してたら、その内、騙されるんじゃないかしら…)

6時半からの待ち伏せはウソではないけれど。
変わっていない純粋な拓也に嬉しい半面、少々の不安を感じつつ。
槍溝はそっと差し出された右手に、自らの手にあった包みを乗せる。

「でも、えっと、僕は…」
「いいの」
好きな人がいるから、応えられない――それを伝えようとして、遮られる。

「榎木君は私の初恋っていうのは、変わらないから。それだけは、覚えてて欲しいの。その為のチョコよ」

「……中学に入ってからは、何もなかったから、ビックリした」

鞄に丁寧に貰ったチョコを入れる。

「あら。アプローチしても良かったのかしら?」
「う、ううん!!」

頭を勢い良く振って否定する拓也に「傷つくわねー」と咎めて、槍溝は拓也の向こう側の柱に向かって声を掛ける。

「もういいわよ、藤井君。待たせたわね」
「あ…」

柱の影に隠れていた藤井がバツが悪そうに出てきた。

「まあ、今のところ、私の出る幕はなさそうだし」

チラッと藤井を上目で見遣り。

「取り敢えず、今年の榎木君への手渡し第一号は私になったから、それでヨシとするわ」

「あ……」

そう言えば、理由はどうあれ結局受け取ってしまったことに、拓也は今更ながら赤面する。

「じゃあね」

二人の間を割って横切り、その際にお約束の。

「逆セクハラ」

「やっ槍溝さんっっ」

人の波間をすり抜けて走り去って行く彼女は、もう見えなくなっていた。

「相変わらずだな、槍溝」
「まさか高校生になってまで、さ、触られるなんて思わなかった…」
涙目で項垂れる拓也を促して、到着した電車に乗り込んで。

「さて、今日は、何人に呼び出されるかな、榎木」
「ふっ藤井君こそっ」

言いながら、拓也のコートのポケットに若干の負荷が掛かる。

「?」

中を探って出てきたのは、暖かい缶ココア。

「まあ、これもカカオだし?よろしくお願いします」

その意味に、さっと頬が染まる。

「こ、こちらこそ」

ラッシュの混雑に便乗して、向き合っている藤井の胸元に頭を預けるように俯いて、うっかり2個目も受け取ってしまった…と思った拓也に、してやったりと満足気な藤井だった。

☆――――――――☆

拍手有難うございます。管理人の綾見です。
2月はお約束のバレンタインデー。
サイトも一年経ち、去年バレンタイン書いたので、今年はどうしようかなーと思って、槍溝さんに登場してもらいました。
彼女がどういう経緯で拓也に想いを寄せているのか原作ではエピソードがなかったので謎な部分も多いのですが、だからこそ、深谷さんや亜由子ちゃんよりも、槍溝さんが一番動かしやすいかな、と(性格的にも)。
唯一、原作で拾いきることのできなかった伏線じゃなかったのかなーと思います。
結構意味深なこと言ってた割には、私生活のこと出てこないままだったし。

さて、ここから、二人のバレンタインの一日が始まります。
その様子は、小咄ブログ(エントリー「St.Valentine-Day!」①②③)へGO!

今回も、拍手・ご拝読、有難うございました!

-2014.02.14 UP-
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