ちょっと大人の話⑤

「やっぱ家だとクリスマスーって感じしないな? メシも安上がりに済ませちゃったし」
「そんなことないよ? お金かけるのがクリスマスってわけじゃないし、それに普段こういうお肉って滅多に食べないもん。シャンパンだって」

女の子じゃないし、僕は一緒にいられるだけで楽しくて嬉しいから。
買ってきた料理を電子レンジで温めて、シャンパンで乾杯。
その料理もすっかり平らげて、今はお菓子と一緒にケーキをつつきながら、まったりしている。
藤井君の部屋はいい意味でスッキリしていて、クリスマスツリーなんて勿論ない。
だから、一見はいつもと同じ、家デートな雰囲気だけども。

「ケーキだって、もうこの歳じゃ誕生日でもホールなんて買わないから」

切り分けてプレートに残っているケーキの上には、サンタの砂糖菓子と柊の飾り。
この部屋で唯一のクリスマスの雰囲気を持っているアイテムだ。

「小さめとは言ってもあと4分の3。どうすんだ、明日も食べるか?」
4号のホールを4等分に切った1切れを、更に半分に切って1切れずつ。
流石に夕食を食べたばかりじゃ、これが限界。
普段はもう少し食べられるだろう藤井君も、甘いものはそんなにいらないようで。
「がんばれーふじいくーん」
キャラキャラと笑って言うと、藤井君がギロリと睨み付けてきた。

「何言ってんだよ」
「え?」
「お前も食べるに決まってんだろ。明日の朝飯はこのケーキ」
「え、僕終電で帰るよ?」
「帰さねーよ」

言いながら、抱きすくめられる。

「だって…着替え……」
「お前のシャツ、置いてあんだろ」
「ネクタイ同じ……」
「俺の締めてけ」
「家に連絡……」
「後でしろ」

確かな強い意志をもった視線で見つめられる。
あぁ、僕は昔からこの目に弱いんだ。
だから僕も、それを受け止めるように瞼を伏せる。

これ以上の問答を繰り返すことは出来なかった――――。





「――ん、あれ……?」
目を覚ますと、カーテンの隙間から陽の光が差し込んで見えた。
「今……何時」
視界を巡って壁時計に目をやる……と。

「藤井君! 遅刻する! 起きて!!」

いや、まだそこまで深刻な時間じゃないけど、余裕はない。

「お? おー……」
「シャワー先借りていい?」
「おー」
「藤井君、ちゃんと起きてね!」

まだ覚醒しきってない藤井くんにちゃんと伝わってるかなぁと思いつつ、僕はバスルームへ向かった。

シャワーから出ると、藤井君はしっかり起きていて、コーヒーまで淹れてくれてあった。
「拓也、先出るだろ? 俺シャワー浴びてくっから、行くならケーキ食べて出てけよ」
「えー、うん」
やっぱり朝食はケーキか。まあ確かに、今から準備する時間はないし、空きっ腹で出勤も嫌だ。
「ネクタイ、好きなの使っていいから。あと、コレ」
ポン、と小さい箱を掌に乗せられた。
「メリークリスマス」
「あっ! ありがとう! 僕もある……」
「マジ? サンキュー。テーブル置いといて」
「うん!」

バスルームへ向かう藤井君を見送り、ケーキを4分の1お皿に乗せて藤井君の淹れてくれたコーヒーでそれを流し込む。
もらった小さな箱の中身が気になって、フォークを咥えたままリボンを解いた。

中から出てきたのは――……。

「コレ……っ」

すると、僕のケータイからアラームが鳴って、藤井君の部屋から出なきゃならない限界の時間を知らせた。

「ヤバッ」

慌ててジャケットとコートを羽織り、バスルームの藤井君に「行ってきます!」とだけ声を掛けてアパートを出た。



「おはよーっす榎木。昨日はありがとなー」
「ううん。昨夜は彼女と過ごせた?」
「おかげさまで」

職場に着いて自分の席につくと、隣の席から同僚に声を掛けられた。
鞄から必要なものを出していると、たまたま立ち上がった彼が僕の鞄の中が見えたようで……。
「あっ!」
「え…?」
「これって、指輪のケー」
咄嗟に彼の口を両手で塞いでいた。

「声大きい……!」
「ゴメン……って、榎木、恋人いたの?」
「あーまー……」
「お前って浮いた話聞かないからさー。じゃあ、昨日は悪かったな。大丈夫だったか? 彼女」
若干棒読み気味な返事になってしまったけど、彼は特に気にならなかったらしく、僕を残業にした事を謝ってくれた。
(彼女じゃないけど……)
「うん。僕たち付き合い長いし、相手も忙しい人だから。僕らも昨日仕事の後ちゃんと会えたよ」
「へー長いんだー。榎木君、その辺のお話……」
これ以上突っ込まれるのは厄介だ。そう思って、彼の言葉を遮る。
「さー仕事仕事! あ、これ、昨日のデータね。後は自分でやって」
恋人がいることがバレついでに「デートの時間削ったんだからね」と無言の圧力をかけて、データのファイルを渡した。
「……うぃっす」


そう、藤井君からのクリスマスプレゼントは指輪だったのだ。
シンプルな、シルバーのリング。
さっき、こっそり嵌めてみたら、薬指にピッタリだった。
すごく、すごく嬉しい。
女の子じゃないのに、こんなに嬉しく感じるのは、やっぱり「指輪」って特別なんだなーと実感した。
でも、普段から着けるのは恥ずかしいから、二人で過ごす時に着けよう。

リングの円形が永遠を表すように。

これからも、一緒にいられるように、願いを込めて……。



……May you have a worm, joyful Christmas night☆

       -2014.12.24 UP-
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