ちょっと大人の話⑤

分かっていた、分かってはいたさ。
日本におけるクリスマスなんて、普通に平日だし、それどころか年末年始の連休前で寧ろいつもより忙しくなるのが当たり前だ。
おまけに。

「本当にいいのか? 榎木」
「うん、大丈夫。早く行きなよ。その代わり、明日は遅刻なしだからね」
「もちろん……がんばる」
「頑張るじゃなくて、絶対!」

最近彼女ができたという同期の社員。
初めて一緒に過ごすクリスマス……だしね。
あぁ、藤井君の呆れる顔が安易に脳裏に浮かぶ……。

いそいそとデスクを片付けて「お先に失礼しまーす」と言う彼を見送って、自分のPCに向き直す。

「目標、19時退勤」

ディスクトップに表示されている時間をチェックして、残りの仕事をザッと計算する。
ううん、終わらなくても、19時にはオフィスを出よう。

「その前に、一度メール」

残業の旨と19時には退勤することを藤井君にメール。
同僚の仕事を代わった……ということは、伏せて。
言ったらまた「お人好し」って言われるのは目に見えている。
昔から……子供の頃から言われてきたこと。
それで、何度ケンカしたことだろう。
そして、いつから「それがお前だもんな」と呆れながらも笑って流されるようになったんだっけ。
一緒に重ねてきた季節を振り返ると、心が温かになる。

「榎木君は、早く帰らなくていいのか?」

帰り支度をしている上司に声をかけられ、ハッと我に返った。

「あ、これだけ片付けたらと思って」
「あー、それは明日昼までの書類だからな……手伝ってやりたいが、俺は今日はちょっと……」
「大丈夫です! ご家族、待っているんですよね?」

係長のお子さんはまだ小さかったはず。
僕たちのパパもこうして、クリスマスには早く帰ってこれるように仕事を頑張ってきたのかと思うと、感慨深い。

「パパが遅かったら、お子さん哀しみますよ。お疲れ様です」
「悪いな、お先に」

家族持ちの社員は今日は早々に帰宅し始めている。
独身でも、やっぱりパートナーがいれば、早く切り上げたいところ。

「早く終わらせよう!」

集中しようとコーヒーを作って、そう呟きながら席に戻ると、ケータイにメール着信を知らせるランプが点滅していた。
開くと藤井君からの返信。

『出る時メールくれ』

「了解」とだけ短く返信して、目の前の仕事に打ちこんだ。




目標の19時少し前にPC上で出来る作業を終えたので、急いで帰り支度をして藤井君にメールをした。
すると程なくして返ってきたメールには、僕の職場の最寄り駅前のシアトルカフェにいるとのこと。

「え、わ、こっちまで来てくれてたんだ」

ケータイをコートのポケットへ突っ込み、藤井君の待っているカフェまでダッシュ。
店に辿り着くと、外向きのカウンター席に座ってケータイを眺めながらコーヒーを飲んでいる藤井君を見つけた。
目の前まで行き、コンコンとガラスを軽く叩く。
気づいた藤井君と目が合い僕が扉の方へ行こうとすると、「俺が出る」とジェスチャーで示し、荷物と紙カップを持って外に出てきた。

「お疲れ」
「ん、藤井君も。お待たせしました」

ごめんね、と言う僕に、藤井君が持っていたカップを差し出した。

「お前の分。寒いだろ」
「え、いいの?」

受け取ると、まだ温かい中身がカップを伝って手を温めた。

「あったかーい。いただきます」

ひと口飲むと、中はココアだった。
だけど、普通と何か違う。

「何か入ってる?」
「マシュマロだって。クリスマスの2日間限定だってよ」
「へー……」

砂糖とは違うまろやかな甘さで、疲れと寒さが吹き飛ぶ感じがした。


実際仕事が定時で上がるかどうかお互い怪しかった為、特に食事の予約はとっておらず。
案の定、僕の方が残業になり、遅くなったし。
でも、藤井君も僕からのメールを読んで、自分も定時で上がれたけど18時まで仕事をしてきたんだとか。
「待ちぼうけしてるよりは、少しでも仕事片付けた方が後々ラクだし」
「そうだよねー。年末年始の休み前にやること山ほどあるもんねー」
と、仕事の話はどうでもいいんだ。

「ごはん、どうする? 今からじゃ、どこもいっぱいだよね」
「そーだなー。スーパー行って、安くなってるチキンとケーキ買って帰るか」
今からなら閉店セールやってるだろ? と言う藤井君に。
「そうだね」
と僕も賛同。

立ち寄ったスーパーで、半額になっているローストチキンとラザーニャ、ピザに……
「シャンメリー?」
「ガキじゃあるまいし」
クスリと笑って、シャンパンを1本。
「わ、太っ腹!」
「飯代安く浮いた分♪」
そしてお菓子も少々カゴの中に入れて。
ケーキコーナーでも、しっかり半額になっているクリスマスケーキを購入して、藤井君の部屋に向かった。
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