藤井くんの恋人②

閉じた瞼にうっすらと、カーテンの隙間から漏れる明るさを感じる。
朝…今何時だ?

「藤井君」

榎木の声が聞こえる。
まだ夢見てるのか…。

「起きて、藤井君」

…やっぱ朝…?

「学校遅れるよ!」

がばっと跳ね起きる。
「わゎっ」
「!?」

「びっくりしたぁ…」
見ると、俺の枕に尻餅を着いた榎木――小人サイズのまま――がいた。

「おはよ、藤井君」
「………ょす」

体勢を立て直して、見上げて挨拶をしてくる。
あー…色々覚醒してきた。
そうだそうだ、この状況。
…やっぱり戻ってないか…。

「よく眠れたか?」
「うーん…眠れたのかな?」
「何だそりゃ」

兄貴が大学進学で家を出た後、二段ベッドの上が俺の寝床になった。
下は弟のマー坊が使っている。
最初は今更別に下のままでもいいのに…と思っていたが、今この現状に至っては上でよかったと思う。
因みに榎木は、同じ布団で寝たら潰しかねないと思い(というか、色々ヤバイ、どんな姿してようと)
ティッシュ箱で作った簡易ベッドの中にタオルを敷いて、それを俺の枕元に置いて寝た。

「昭広兄ちゃーん、起きて下さーい」
「!」
マー坊の声と同時にドアが開く。
榎木は急いで枕の陰に隠れるが、まあ、下からなら見えないだろう。

「あ、起きてた。珍しい」
「るせ。今行くから」
ガシガシと頭を掻きながら、よっとベッドから飛び降りる。
マー坊は部屋に置いてあるランドセルを掴むと、
「僕はもう行きますよ、今日当番なんだ。じゃね!」
「小学生は元気だなぁ」
バタバタと部屋を出て行く弟を見送りながら洗面所へ。
顔を洗うついでにタオルを濡らして部屋に戻る。

「藤井君!」
ベッドの柵の隙間から榎木が顔を出す。
手を伸ばして掌に乗せてやって、取り敢えず机の上へ。

「その様子だと、戻りそうもないし、学校行っても大丈夫そうだな」
「うん」
制服のシャツに腕を通しながら、榎木の様子を見る。
濡れタオルで顔を拭いてる榎木は、一張羅のアリスワンピのままで寝たからスカートが皺になっている。
「学校帰りに、服買いに行こうな」
「…でも女の子の服なんだよね…」
横を向いて、俺に言っても仕方のない事を独りごちてぷくーと頬を膨らました。

だから、何だこの可愛い生き物は!!
ヤバイ朝から悶える。

「さ、朝メシ!榎木は…」
「昨日のパンの残りでいいよ」
身体が小さいから、1/4でも多いくらいで、昨日渡したパンが大分残っている。
でもそれじゃ、あんまりだろう。
「んーじゃあ、コレ」
別の新しいパンを出してやる。
「別にいいのに」
「いいよ、こっちは俺が食うし」
未開封のふわふわのがいいだろう?
封を開けて、一かけら千切って渡す。
「ありがとう」
ふにゃっと笑って、両手で受け取る。

だから、この可愛い生き物以下略。

「じゃ、ちょっと朝メシ行って来るから、榎木も食べてろよ…っと」

机の脇に置いてあった未開封のペットボトルのお茶を開けて、蓋に注いで榎木の脇に置いてやった。

「お茶、取り敢えずでゴメン」
「ううん」
パンを口にしながらクスッと笑う。
「?どうした?」
「藤井君の部屋は、美味しい物がたくさん隠されてるね♪」
クスクス笑う榎木が、やっぱり可愛くて。

「バーカ。大兄弟ナメんな?自分の食糧は自分で確保してないと、その辺置いとくと食われて失くなるんだよ」
食べ盛りには死活問題なの!
「大変なんだねー」
「っと、時間なくなって食いっぱぐれる!じゃ行ってくるな」
「行ってらっしゃーい」

部屋を出て、ふと思う。
今の環境、凄く幸せじゃないか?
朝起きたら榎木がいて。
常に一緒にいざるを得なくて。
寝る時も一緒で。

(悩んでても状況変わらないんだったら、満喫するのもアリだよなー)
…こういう考えが、榎木の機嫌を損ねるんだろうが。
(ま、その内何とかなるだろ)

手早く食事を摂って、最後の一口を放り込む。
「ごちそうさんでした、行ってきます」

榎木を迎えに部屋に寄って、学校へ向かった。
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