いちばん美味しいところ
ブランチというかお昼には少し早い食事を摂り、正午すぎから始まる映画を観て、その後はブラブラと駅前の公園を映画の感想を言い合いながらの散策。
すると、若干の人だかりのできた小さなワゴン車が目に入った。
「あっ藤井君!クレープのキッチンカーがいるっ」
ワゴン車の脇に立っているフラッグからそれと判断し、珍しいねーと言いながらすっかり視線が釘づけになっている拓也。
「……食いたいのか?」
「食べたい気がする。小腹空いた」
映画の時間に合わせて食事をしたのは4時間前。
食べたすぐ後だったので、上映中はドリンク以外口にしていなかった。
「んじゃ、並ぶか」
「いいの?」
間食するには丁度いい時間だし、拓也が食べたいならたかだか数分並ぶくらい別に構わないと、藤井は思った。
並びながらメニュー決め。
「何にしようかなー。藤井君は?」
遠くに見えるサンプル写真のボードを目を凝らし見ながら、拓也は藤井に訊ねた。
「あー、俺はいいや、甘いモンの気分じゃないし。ドリンクだけで」
「え、じゃあやめよっか?」
「いいって。榎木は食いたいんだろ?」
「でも並んでまで……」
自分の我が儘に付き合わせることに気を引ける拓也は「やめる?」と藤井を見上げるが、しかしそんな拓也の性格を藤井もよく知っている。
「じゃあ、ひと口。榎木からひと口もらう。だから、早く好きなの決めろよ。ほら、もうすぐだし」
「うっ、うん!!」
拓也は前の人から回って来たメニュー表を受け取り、思いのほか早かった列の流れに慌ててそれとにらめっこした。
藤井はアイスコーヒーを、拓也はチョコバナナに決めた。
受け取って、食べながら園内を歩く。
「いただきまーす♪」
もぐもぐとニコニコしながら頬張る拓也を藤井は眺めていたが。
「ひと口くれんじゃなかったっけ?」
甘いクレープを一つ食べきる自信がなくて買うのを辞退した藤井だが、食べ盛りの男子高校生、お腹が空いていないわけではない。
無難なチョコバナナのクレープを選んだこともあり少し期待していたが、拓也は「おいしー」と満足そうに食べ進める。
パクリとこれまたかぶり付きながら、拓也は藤井を見上げた。
「うん、だから……」
口をもごもごしながら答えゴクンと飲み込む。
「はい」
「?」
差し出されたクレープを受け取ってひと口。
「美味しいでしょ」
「ん、ああ……」
クレープと引換えに「飲んでいいぞ」と受け取ったアイスコーヒーを拓也は「ありがと」とひと口飲んで言った。
「最初の方は、生地とクリームばっかだから。今、そこがいちばん美味しいトコロ」
口の端を薬指の先で軽く拭いながら。
「ひと口って言うから折角食べるんだし、美味しいトコロがいいでしょ?」
ニコニコと言われた思いがけない言葉に。
「榎木、もうひと口いいか?」
「え?うん、勿論。好きなだけ食べていいよ」
無邪気に言う拓也を横目にクレープを口に含む。
「その為に、藤井君でも食べられるように無難なチョコバナナにしたんだも……」
言葉途中で後頭部を藤井に固定され、口の中に入ってきた甘い味。
「ごちそうさまでした」
「ふ…っ、こっ公衆っ」
「こんな一瞬誰も見てねーよ。それに、これでもちゃんと一応周りは確認してるし」
確かに広場と違って人気はない広い公園の奥の散歩道。
「だからって……っ」
「はい」
拓也からの抗議を遮るように、残り少なくなったクレープを渡す。
「……もういいの?」
飄々とした態度の藤井に、これ以上何を言っても仕方ないことを拓也は知っている。
「あぁ。いちばん美味いトコロもらったしな」
「…………?」
含みのある言葉の意味に拓也は気づかない。
こんな簡単にほだされちゃう自分を情けなく感じながら拓也は最後のひと口を口の中に収めた。
-2014.08.11 UP-
すると、若干の人だかりのできた小さなワゴン車が目に入った。
「あっ藤井君!クレープのキッチンカーがいるっ」
ワゴン車の脇に立っているフラッグからそれと判断し、珍しいねーと言いながらすっかり視線が釘づけになっている拓也。
「……食いたいのか?」
「食べたい気がする。小腹空いた」
映画の時間に合わせて食事をしたのは4時間前。
食べたすぐ後だったので、上映中はドリンク以外口にしていなかった。
「んじゃ、並ぶか」
「いいの?」
間食するには丁度いい時間だし、拓也が食べたいならたかだか数分並ぶくらい別に構わないと、藤井は思った。
並びながらメニュー決め。
「何にしようかなー。藤井君は?」
遠くに見えるサンプル写真のボードを目を凝らし見ながら、拓也は藤井に訊ねた。
「あー、俺はいいや、甘いモンの気分じゃないし。ドリンクだけで」
「え、じゃあやめよっか?」
「いいって。榎木は食いたいんだろ?」
「でも並んでまで……」
自分の我が儘に付き合わせることに気を引ける拓也は「やめる?」と藤井を見上げるが、しかしそんな拓也の性格を藤井もよく知っている。
「じゃあ、ひと口。榎木からひと口もらう。だから、早く好きなの決めろよ。ほら、もうすぐだし」
「うっ、うん!!」
拓也は前の人から回って来たメニュー表を受け取り、思いのほか早かった列の流れに慌ててそれとにらめっこした。
藤井はアイスコーヒーを、拓也はチョコバナナに決めた。
受け取って、食べながら園内を歩く。
「いただきまーす♪」
もぐもぐとニコニコしながら頬張る拓也を藤井は眺めていたが。
「ひと口くれんじゃなかったっけ?」
甘いクレープを一つ食べきる自信がなくて買うのを辞退した藤井だが、食べ盛りの男子高校生、お腹が空いていないわけではない。
無難なチョコバナナのクレープを選んだこともあり少し期待していたが、拓也は「おいしー」と満足そうに食べ進める。
パクリとこれまたかぶり付きながら、拓也は藤井を見上げた。
「うん、だから……」
口をもごもごしながら答えゴクンと飲み込む。
「はい」
「?」
差し出されたクレープを受け取ってひと口。
「美味しいでしょ」
「ん、ああ……」
クレープと引換えに「飲んでいいぞ」と受け取ったアイスコーヒーを拓也は「ありがと」とひと口飲んで言った。
「最初の方は、生地とクリームばっかだから。今、そこがいちばん美味しいトコロ」
口の端を薬指の先で軽く拭いながら。
「ひと口って言うから折角食べるんだし、美味しいトコロがいいでしょ?」
ニコニコと言われた思いがけない言葉に。
「榎木、もうひと口いいか?」
「え?うん、勿論。好きなだけ食べていいよ」
無邪気に言う拓也を横目にクレープを口に含む。
「その為に、藤井君でも食べられるように無難なチョコバナナにしたんだも……」
言葉途中で後頭部を藤井に固定され、口の中に入ってきた甘い味。
「ごちそうさまでした」
「ふ…っ、こっ公衆っ」
「こんな一瞬誰も見てねーよ。それに、これでもちゃんと一応周りは確認してるし」
確かに広場と違って人気はない広い公園の奥の散歩道。
「だからって……っ」
「はい」
拓也からの抗議を遮るように、残り少なくなったクレープを渡す。
「……もういいの?」
飄々とした態度の藤井に、これ以上何を言っても仕方ないことを拓也は知っている。
「あぁ。いちばん美味いトコロもらったしな」
「…………?」
含みのある言葉の意味に拓也は気づかない。
こんな簡単にほだされちゃう自分を情けなく感じながら拓也は最後のひと口を口の中に収めた。
-2014.08.11 UP-
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