はちみつカラー症候群

「藤井君、大丈夫?」
「榎木…」

夏休みも終盤に差し掛かったある日。
藤井は夏風邪をひいて寝込んでいた。

「一加ちゃんとマー坊は、うちで実と遊んでるから、ゆっくり休めるよ」
向こうにお昼も用意して来たから、夕方までは帰って来ない筈、と拓也は先程キッチンを借りて作ってきたマグカップを藤井に見せた。

「藤井君、起きれる?生姜湯作ったんだけど、飲めるかな?」
「ん」

拓也に支えてもらって起き上がり、マグカップを受け取る。
コクッとひと口喉に流し込むと、生姜の香りの後に、微かな花の香りと思ったより甘い味が藤井の中で広がった。

「?甘い…」
「うん。はちみつ入れたんだ」

コレ、と拓也は自分の荷物から小さな瓶を出して見せる。

「れんげのはちみつ。香りもいいし、栄養もたっぷりだし、甘くて飲みやすいでしょ?これで汗かいたら、熱も下がるよ」

ニッコリ笑ってそう言うと、「ほら、飲めるだけ飲んだら、暫く寝る!」と、今度はテキパキと藤井の掛け布団を整え、傍らに体温計や水分補給のペットボトルを用意する。

最後まで飲み干し空になったマグカップを拓也に渡して、藤井は再び横になった。

藤井の額に新しい熱冷ましのシートを乗せると、
「榎木は?」
「え?」
額から離れる拓也の手首を力無く掴み、藤井は問う。

「榎木は夕方までいるのか?」

まるで小さな子どものように感じ、拓也は不謹慎にも可愛いなと感じてしまった。

「うん。ちゃんと側にいる」

体調を崩している時は、誰だって心細くなるものだ。
安心出来るように、拓也は穏やかな表情でゆっくり言葉を紡ぎ、藤井の手を握る。
そうすると、藤井もゆったりと微笑んだ。

(ホントに可愛い…)

小学6年生の時も看病をした事があったが、あの頃の藤井は拓也に対してこんなに無防備な態度はとらなかった。

(それだけ、昔より近い存在になれてるって事かな…)

こんな時にヘンなところでほんのり幸せを感じてしまう自分に、拓也は少し呆れる。
でもやっぱり、自分を頼ってくれる藤井が嬉しくて擽ったい。

「だから、安心して眠っていいよ」
握った藤井の手の指先に、軽くキスをする。
「サンキュ」
藤井は短くそれだけ言うと、静かに目を閉じた。
暫くして規則正しい寝息を確認すると、拓也は握っていた藤井の手をそっと解き、掛け布団の中に入れた。
「おやすみ、藤井君」
そして、空のマグカップを持って、今度はお粥を作るべく、音を立てないように部屋を出た。


キッチンでの用事を終わらせ藤井の部屋へ戻り、眠る藤井の様子を暫く見ていた拓也は、時計を確認してその額にあるシートを取った。

「ん…」
「あ、起こしちゃった?ごめん」
「いや、いい…それより、汗気持ち悪い…着替えたい」

着ているTシャツの胸元を引っ張り不快を示す藤井に、拓也は新しく用意してあったタオルを渡しながら着替えの入っているチェストを聞く。

「ホント、色々悪いな」
「看病する為にいるんだもん、気にしないで」

チェストから出した新しいTシャツを藤井に渡し、拓也はこのくらい何でもないという顔をする。

「気分はどう?」
「汗大量にかいたからかな、今朝に比べると随分ラク。頭も軽いし」
「そっか、良かった」
話し方も、さっきより流暢な気がする。

「一工夫のはちみつが効いたかな」
そう言いニコニコしながら、藤井の脱いだ物や使ったタオルを畳んで纏めていると、藤井は拓也に言った。

「はちみつ見せて」
「?いいけど」

拓也ははちみつの小瓶を取り出し、藤井に渡す。
雑貨屋に並んでいそうな、ギンガムチェック柄の蓋の小瓶。

「随分可愛らしい瓶に入ってるはちみつだな」

意外に興味を示す藤井に拓也は内心驚きつつ。
「頂きものでね。さっきも言ったけど、香りもいいし、栄養も豊富だから、藤井君にも食べて貰いたいなと思って…そうだ舐めてみる?」
そのままでも美味しいんだよ、スプーン持ってくるね、と立ち上がろうとする拓也の手首を藤井は掴む。
「ぅわっ!?」
そのまま引っ張られた拓也はカクンと膝を折り、座っている藤井の身体の上に手を着いた。

「藤井君?」
「開けていい?」
「いいけど…だからスプーン持ってくるよって」
「必要ない」

小瓶の蓋をくるっと回し開け、藤井は拓也の手に自らの手を添え、中指の先にはちみつをすくわせた。

「ふっ藤井君!」

そのまま拓也の指を口に含み、舌を絡めて舐め取る。

「………っ」

最後に指先をチュッと吸い上げ、藤井は拓也の手を解放した。

「ごちそうさまでした」
「~~~~っ」

風邪をひいている藤井よりも真っ赤な顔になり、拓也はやっとの思いで言葉を発する。
「そっそれだけ元気があるなら、もう大丈夫だよね!」
勿論皮肉な訳で、藤井にも伝わる。

「だって、キスは出来ないから」
「…え?」
「榎木に風邪伝染るの分かってて、キスは出来ない。だから、これで今日は我慢」

少し拗ねた様子で呟く藤井に、拓也は唖然とする。

(僕が風邪の時は、伝染せってしてきたクセに…)

「藤井君」
クスリと笑みを零し、触れるだけの口付け。
「榎木…っ」
「このくらいならヘーキ。食欲ありそうなら、お粥持ってくるよ」
悪戯っぽく笑って言う拓也に、「食う」と返事をすると、拓也は「待っててね」と部屋を出る。

閉まったドアを見つめながら藤井は、
(早く風邪治そう)
と、赤面しつつ思った。



      -2013.08.21 UP-
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Title:Largo様より拝借
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