さらさら、きらきら

今日は七夕。
梅雨もそろそろ終盤、昨日までは雨が降っていたが、今夜は星が見られそうだ。

中学も三年に進級して受験生になってから、実の保育園へのお迎えは父・春美が極力行くようになっていたが、今日は久しぶりに拓也が迎えに行った。

園長や保育士達に「拓也君お久しぶり!」と声を掛けられながら、実のいる部屋へ訪れ、帰り支度を終えて拓也の元へやって来た実の手には、折り紙で作られた笹飾りと短冊がくくり付けられた小さな竹の枝が握られていた。

「あ、今年は拓也君初めて見るわよね。今年も例年通り七夕飾り作って玄関に飾ってあったの」

大きな竹が用意され、そこに園児達が作った笹飾りや短冊を吊るし飾って、七夕当日、一人一人に小さく切り分けられた竹の枝を持ち帰るのは毎年恒例で、拓也もよく覚えている。
保育園も最年長クラスとなった実の笹飾りは、去年とは少し難易度の上がった……複雑に折られた折り紙にハサミを入れた網目模様の飾りや提灯……が揺れている。

(年長クラスにもなると、こういう物も作れるようになるんだ…)

最近、部活や勉強が忙しくて、実とあまり遊んでいない事にふと気付く。

「実、飾り上手だね。折り紙とか好き?」
「うん!僕とくいだよ」
拓也の問い掛けに、実は満面の笑顔で答える。
「実君、製作得意よね。器用に作るわよ。拓也君も得意そう」
「いや!僕は…図工苦手なんです…」
「あら!意外ー!!」
拓也君でも苦手な事あるのね、と何故か感心されてしまい、拓也は赤面する。
「じゃ!今日も有難うございました!」
何となく恥ずかしく感じ、早く帰ろうと保育士にお礼を言う。
「はい、また明日」
「先生、さようならぁ!」
実は元気に挨拶をして玄関へと駆けて行き、拓也もそれについて行った。

実と手を繋いで、帰り道を歩く。

笹飾りもそうだけど、こうして実と歩くのも久しぶりで、以前より少し背や手が大きくなったかな、と拓也は思った。

「兄ちゃん、今日ごはん何?」
「今日は七夕だから、おそうめんと天ぷら」

(あ、そうだ)

「一加ちゃん達呼んで、花火でもする?」
何となく思いつきで提案してみる。
「え!?いいの!?」
「みんなで七夕パーティーしようか」
拓也の発案に、「うん!」と嬉しそうに返事をする実を見て、拓也も笑みが零れた。



「そんな訳で、うちの庭で花火でもやらないかなぁって…」
『いいけど…余裕だなぁ榎木』

家に着いて、早速藤井家に電話。

「そんな…今晩一時間くらいだもん。息抜きも必要だよ」

すると電話の奥で一加とマー坊の声が聞こえた。

『ちょっと昭広兄ちゃん!七夕の夜は年に一度しか会えない恋人達の夜よ!そんな夜に実ちゃんと過ごせるチャンスを兄貴だからって奪ったら承知しないからね!ただでさえ、小学校と保育園で今の私達には障害があるのに!』
『一晩勉強サボったからってお受験落ちたら、それは昭広兄ちゃんの実力がないだけですー!』
『お前ら…』
「ま、待ってるねー…」

相変わらず口が達者だなぁ…と苦笑しながら、拓也は受話器を置いた。


夕飯を終え暫く経った午後8時頃。
藤井兄妹と後藤兄妹が榎木家へやって来た。

「いらっしゃーい」
「お兄様、お招きありがとうございます」
「これは少ないですが、我が家からも花火の差し入れです」
一加とマー坊が花火が入ったパックを差し出し
「うちからはジュースだぜー。あ、ビールはパパリンに」
と、後藤も飲み物が入った袋を拓也に渡した。


「じゃ、花火に火を点ける時は気をつけろよー」
春美の監督の元、ちびっ子達と後藤は花火を楽しむ。
拓也と藤井は、縁側に座ってその様子を見ていた。


「藤井君、今日僕、久々に実のお迎えに行ったんだ」
ぽつり、と拓也は独り言のように呟いた。
「うん?」
後藤が持って来たジュースの缶を傾けながら、藤井は拓也の呟きに耳を傾ける。
「笹飾りを見て意外に上手に作ってあったり、久しぶりに手を繋いだら、何となく背や手が前より大きくなってたり…」

拓也は花火を楽しむ実を見つめていた瞳を閉じた。

「いつの間にか、色々成長してた…」
最近の僕は、自分の事ばっかで、実の事見てなかったなーって気付いたら
「自己嫌悪…」

明らかに気落ちしている拓也を隣で見て藤井は。
「まーた、お前は…」
と、溜息を吐いて缶を脇に置く。
「そんなの、今は受験生なんだから余計にそうなるの当たり前だろが。俺なんか、あいつらなんかもう放ったらかしもいいところだぜ」
「でも…」
「じゃあ榎木は、そういう成長した実が嬉しくないんだ?」
「そんな訳ない!」

藤井の言葉に間髪を容れずに反論した拓也に、藤井は一瞬目を丸くした後、ふっと笑った。

「だろ?ま、気づかない内に成長してた事に寂しさ感じるのは榎木らしいけど」
「う…」

何で本心分かっちゃうかなぁ…と、拓也は赤面した顔を隠すように俯く。
そんな拓也に藤井は背中をポンと軽く叩いた。

「今日気付いて良かったじゃねぇか」
「え?」
「今日は七夕だろ?願い事をする日」
「あ…」

あの事故から3年。
後遺症も障害もなく、普通に過ごせる日常。
今年も、これからも、実がずっと元気に健やかに……

(それが、僕の願い)

「俺らも花火やろうぜ」
藤井は立ち上がり、拓也を誘う。
「おーい、まだ花火残ってるかぁ?」

花火を楽しんでいる弟妹たちに声を掛ける藤井の背中を見て。

(また、藤井君に慰めてもらっちゃったなー…)

小学生の時から、何となく気落ちしていたり悩んでいたりすると、不安な気持ちにそっと寄り添ってくれた。
その言葉や態度は何気ないものだったり素っ気ないものが多いけど、それが飾らない彼らしく、またそれが拓也には嬉しく感じた。

「もう線香花火しかねぇよ…お前ら何やってたんだよ」
藤井の声掛けに後藤が呆れた声で言う。
「げ。マジに線香花火しか残ってねぇ」
そんな二人の様子を見て、藤井の後に続いて輪に入った拓也はクスリと笑い線香花火を手に取った。

「じゃあ、誰が一番長くもつか競争ね」


縁側の脇には、さらさら風に揺れている実の笹飾り。
夏の夜空には、きらきら輝く天の川。


今宵、貴方の願い事が叶いますように――――……。





      -2013.07.07 UP-
-2014.07.05 修正-
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