藤井にとっての、そんな理想

夕方の榎木家のキッチン。
学校から帰って来て一休みしたら、夕飯の支度に取り掛かるのが拓也の日課となっている。
と言っても、父・春美に息子にはちゃんと青春を謳歌して欲しいと言われているので、放課後の友人との約束を優先する時も多々ある。
今日は特に何もなかったから、まっすぐ帰って来た。
藤井も一緒にだが。

トントントン…とリズミカルな包丁の音が響く。

(何か…落ち着く)
キッチンのテーブルセットの椅子に座った藤井は、途中のコンビニで買った少年誌をめくりながら思った。

「藤井君…退屈じゃない?」
玉葱を切りながら声をかける。
「いや?」
「なら、いいんだけど…」

すると、テーブルに置いた拓也の携帯が鳴った。
「榎木、携帯!」
「わっ…と、ありがとう」
拓也が包丁を置いたタイミングで藤井が携帯を軽く投げると、落とす事なくナイスキャッチ。
息ピッタリ。

「父さんだ…もしもーし」
通話ボタンを押して会話が始まる。
さっきは包丁の音に耳が集中してたが、今度は雑誌に集中する。
でも、同じ部屋にいる以上は、会話は聞こえる訳で。
「えー…もっと早く言って欲しかったなぁ…うん、わかった…パパも気をつけてね」

(嫁さんみたいな台詞…)

携帯を切ると「夕飯一人分余るって、微妙な量で困るんだよなー…」と独り言。

(主婦だな榎木…)

「藤井君、夕飯食べてく?」
「…いいのか?」
「うん。父さん今日いらないって連絡だったし、でももう作りかけちゃって量調整するの面倒だし」
食べてくれると助かるーと笑顔で言われたら、断れる筈がない。
と言うか、例え自宅がすき焼きだとしても、榎木の手料理を取る!
「頂く」
「よかったぁ…あ、肉じゃがだけど…カレーに変更しようか?」

(肉じゃが…!)
好きな子に作ってもらいたい料理の定番メニュー!
「肉じゃがで!肉じゃが好物」
「そ?じゃあ、このまま作るね♪」

再びリズミカルな包丁の音が響く。

「あ、お味噌汁の具、何がいい?」
「えのきと豆腐」
「了解。その組み合わせなら、溶き卵も入れると美味しいよ?」
「じゃ、卵も」
「うん、入れるねー」

まるで新婚家庭のような会話を堪能。

(榎木のえのきの味噌汁…)
雑誌を見てる振りをして、手際良く夕飯を作る様子を盗み見る。
(男の理想だよなぁ…)
炊事の他にも、家事育児も出来て、おまけに可愛いと来たもんだ。
(俺の目に狂い無し!)

でも…
「榎木、何か手伝う事ないか?」
「え?大丈夫だよ?」
「ご馳走になるし、手伝うよ」
「じゃあ…ネギ切って貰おうかな?」

拓也程じゃないが、藤井もある程度の事は出来る。
ならば、一緒にキッチンに立つのも理想の夫婦ではないか。

拓也の主婦力をかいま見て、思いがけず夫婦ごっこも出来て、至福の藤井であった。




     -2012.12.25 UP-
1/1ページ
    スキ