ドライアイにご用心!

「う―――ん…」
「…どうかしたか?」

次の授業の教科書を机から出し準備を整えていた拓也が、突然目をぎゅっと瞑って声を上げた事に不思議に思い、藤井は声を掛けた。

「何か目が渇いちゃって…ドライアイかなぁ?最近よくあるんだ」

瞳を潤ませようとパチパチと瞬きをしながら答えるが、それが却って水分を飛ばしてしまうようで数回繰り返した後、またぎゅーっと目を瞑る。

「保健室に目薬ってあるのかな?あ、取り敢えずは顔洗えばいいかな?」

何とか片目だけを開き、ちょっと水道行ってくる…と、席を立つ拓也に
「危ないから連れてく」
と藤井は拓也の手を取る。

「ふ、藤井君!」
校内の、ましてやまだ普通に授業と授業の合間の休み時間、移動教室やそれ以外での生徒の往来の激しい中、手を繋がれて廊下を歩く事に慌てたが
「非常事態!」
と言われて、口を噤む。

確かに、しっかり目を開けるには目が渇いていて少し…というか実は結構痛いし、うっすらとした視界で歩くには危険だ。
拓也は素直に従う。

「…………」

(あれ?)
教室から水道って、こんなに遠かったっけ?
「藤井君?どこまで行ってるの?」

一向に歩みを止めない藤井を不思議に思い、軽く閉じていた目を一瞬ぎゅっと瞑って両目を開けて見ると、そこは特別棟の東端。
理科系教室が並ぶ西端よりも、被服・調理・作法室といった家庭科系教室が並ぶ更に人気のないエリア。

「藤井く…」
階段の陰で歩みを止めたかと思うと、藤井は拓也の右側の壁に左手を着き右手を頬に添え不意に彼の唇を塞いだ。

「ん…っ!?」

藤井の突然の行為に拓也は混乱し抵抗しようとするが、息苦しさから口を開くと舌を入れられ、そちらに気を取られてしまった。

「…はっ、ん…ぁ…」
(な、長…)

なかなか解放されないそれに、上がる息と理性とが鬩ぎ合い、じわりと涙が滲む。

目尻に充分に溜まった涙を確認した藤井は、やっと唇を解いた。

「藤井…く…」
ハァハァと息を荒げながら手の甲で糸の名残を拭い、何で?と瞳で訴えて来る拓也に藤井は一言。

「目、潤んだだろ?」

「なっ…!?」
そ、その為に!?
こんな人気のない所にまで来て!?

かぁーっと更に真っ赤になって、本館へ戻る為の渡り廊下へと続く廊下を拓也は引き返す。

「榎木!」
「もう!信じられない!」
真っ赤な顔で悪態(という程でもないが)をつく拓也に藤井は笑顔で追い掛ける。

追い付いた肩をぐいっと引き寄せて
「もっと潤ませようか?」
と耳打ちすれば、頬の熱の上昇に比例して拓也の瞳に潤いが増した。

「いっいらないっ!!」

肩に乗せられた手を必死に退かそうとする拓也が可愛くて、ついつい逆に力を込めてしまう。

「はーなーしーてー」
「嫌だ」
「意地悪」
「言ったろ?」
「?」
「最初に "榎木の泣き顔好きだ"って」
「!!」
「勿論、笑顔も好きだけど」
「――――っ」

抵抗する腕も言葉も大人しくなった拓也の顔を藤井は覗き込む。
すっかり瞳の潤い不足は解消されたようだ。



その日の帰り、拓也はドラッグストアへ寄り道して、目薬を買い溜めした事は言うまでもない。

「俺が潤ませてやるのに」
「おっお断り!!」
「絶対?」
「………っ、学校ではっ」
「かしこまり♪」
「………」
(藤井君のばかっ)




      -2013.04.09 UP-
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