無邪気なアイツが俺を追い詰めます。

下に煩い盛りの弟妹が二人もいると、受験勉強なんてままならない。
ましてや俺には完全な自室という物がない。
それに今更不満がある訳ではないが(全くない訳でもないけどな)、志望校も決まり、そこが一応名門進学校ともなれば、そろそろ本腰を入れたいところ。
そんな訳で、最近は放課後図書室へ行く事が多くなった訳だが―――…。

高い書棚の向こうの閲覧席。
8人掛けの机が幾つか並び、その最奥窓際の一角が、最近の俺の定位置だったそこには、今日は先客がいた。

「……………」

その先客は、過去問集と参考書を机に広げて、右手にシャーペンを持ったまま、左腕を枕にして眠っている。

「榎木、風邪ひくぞ」
「ん…」

その先客に軽く声を掛けてみるが、思いの外眠りは深いようだ。
無理はないよな、家に帰れば弟の相手に加え、榎木の事だ、恐らく家事もいつも通りに熟しているのだろう。
その上での受験勉強。
榎木も俺と同じ志望校。
いくら成績が良いと言っても、そう簡単な学校ではない。

時計は午後3時30分を指している。
「様子見て起こせばいいか…」
そう判断して、自分の学ランを脱いでその肩に掛けてやり、隣に腰掛けた。

「さて、と」
自分も目的の事をしようと鞄から問題集を出し、昨夜の続きの設問に取り掛かる。
しかし、最初こそ集中すれど、時折視界に入る安らかな――好きなヤツの――寝顔と、聴覚を刺激する静かな寝息。

…俺だって、健全な15の男だっての。

「おい、榎木!起きろ!」
「ん~…」

肩を軽く揺らし声を掛けると、ピクッと片眉を歪ませ唸りはしたが、まだ意識は夢の中らしい。

溜め息を吐き頬杖を付いて、まじまじと寝顔を眺める。

睫毛…長ぇんだな。
顔も小さいし、色白。
本当、そこらの女より整ってる。
榎木の家に飾ってある写真のお袋さんも、こんな感じだったか…。
という事は、お袋さん似なんだな、榎木は。

「おじさん面食いなんだな」

そう呟いて気付く、そう言う俺も面食いって事か。

カタン――。

椅子から立ち上がって、榎木の脇に立ち屈む。

普段クルクルと変わる表情を彩る大きな瞳を、今は覆い隠しているその瞼に唇を落とす。

「……………っ」

掠めただけのその行為に、急に我に返った。

(何やってんだ、俺―――!!)

口元を片手で押さえながら、一人狼狽える。
端から見たら挙動不審もいいところだ。
(幸い、室内の人は疎らで、この机と付近には他の人はいない)

ダメだ、今日は帰ろう。

今ここで榎木が目覚めたら、どんな顔をしたらいいか解らない。
素早く机の上の物を片付けて、図書室を後にした。



次の日―――。

「藤井君!」
榎木が紙袋片手に声を掛けて来た。
「昨日、図書室で僕に学ラン掛けてくれたでしょう?」
ありがとう、と紙袋を渡された。
中身は榎木に掛けてやった、その学ラン。
綺麗にプレスされて畳まれている。

何となく、顔を見れなくて微妙に視線を反らしつつ
「いや…うん」
と曖昧な返事になってしまった。
そんな俺の様子の原因を、知る由もない榎木は無邪気なもので「起こしてくれれば良かったのに」と言う。
「起こしたけど、起きなかったんだよ」
これは事実。
「えー、そうだったんだ」
うん、まあ起きた時ガッツリ寝ちゃってた感があったからなぁ…。

独り言のように呟く榎木に探りを入れる。
「榎木、俺が図書室来てたの気付いてたか?」
「ううん!全然!」

よし…昨日の事は気付かれていない。
一安心だ。

「疲れてるんだよ、程々にしとけよ」
「うん、でも受験勉強はしっかりしないと…」

チラッと上目遣いでこちらを見たと思ったら、

「折角志望校一緒なんだから、絶対一緒に合格したいし…」

「――――っ」

「藤井君と志望校同じって知った時、凄く嬉しかったんだよー」

ああぁぁぁ、無邪気な笑顔でそんな事言わないでくれ!!

いたたまれなさに、思わず口走る。
「榎木!俺、便所!!」
「え!?あ、うん。行ってらっしゃい…?」
我ながら情けない言い訳だと自己嫌悪に陥りつつ、トイレのある方向へと廊下を走り去る俺に向かって
「学ランありがとねー!!」
と、もう一度お礼を言う榎木。
俺は、振り向かずに手を振るだけの返事を返した。





      -2013.04.03 UP-
☆――――――――☆
「診断メーカー」よりお題
『まぶたにキス』を藤井昭広がすると萌え。『友人関係の状態』だと更に萌えです。
診断メーカー:#kisssitu

『友人関係』なので、中3設定。
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