ないしょのはなし

僕だって嫌いじゃないんだ。
寧ろ、好き、だと思う。


何の話かって言うと――キスの話。


思い出したくもない成一さんとのファーストキスを、正直僕は、藤井君に知られてしまったら絶対軽蔑…下手すると嫌われると思っていたから、"その瞬間"が訪れるのが内心怖かった。
だって、わざわざ話すような事でもないかもしれないけど、きっと藤井君が僕が「初めて」だと思っているだろうなと思ったら、何だか騙してるみたいで凄く後ろめたかった。
かと言って、自分から打ち明ける勇気なんか到底ある訳がない。
(そもそも、どんなタイミングでそんな話すればいいんだ)

でも、実際は藤井君は責める事もせず受け入れてくれた。
しかも、それがキッカケで "その瞬間"がやって来たのだから、本当に何がどう転ぶのか解らない。
良く言えば、結果オーライ、案ずるより産むが易し。

そして、やっぱり最初が最初なだけに、キスというものに理想とか夢とか抱けられる状態ではなかったから、
今思えば、コレってトラウマだよね。
正直、お酒が大量に入っていた成一さんのキスは、小学生の僕には不味かったし(知ってた?アレ舌入ってたんだよ)。

ところが、藤井君とのソレは、成一さんのとは全然違って―――甘い。
その前に何を口にしていたかとか、関係なく。
気持ち…「好き」という感情があるのとないのとでは、こうも違うものなのか。
今ではすっかり、トラウマどころか、僕を天まで昇らせてしまうんじゃないかと思うようなシロモノとなった(要するに、キモチイイ)。

こうして、二人だけでいると、つい期待してしまう程に―――…。



「榎木…?」

僕の部屋で週明けの授業が提出期限の化学の実験レポート作成中、ついそんな事をぼんやり考えてしまって、僕のシャープペンが止まっていた。

「あ、えと…何?」
そんな思考を悟られないよう、平静を装う。
「いや…解らないところでもあるのかと思って」
理科系は藤井君の方が得意。
「あ…じゃあ、この場合って…」
素直に甘えて、書きかけの化学式の解説をして貰う。
「―――で、こうなる…はず」
「あーなるほどー」
教えられた通りにシャープペンを走らせ、化学式を完成させる。

まだレポートは完成していないけど、化学式が解けたところで「一息つく?」と、シャーペンを置いて伸びをする。
そんな僕に対して「あぁ」と答えた藤井君は、少し意地悪そうな笑顔でこう続けた。

「何、考えてた?」
「え…?」
「心、ここに在らずって感じだったから」
「いや、化学式の事だよ」
「顔、赤らめて?」
「………そうな顔、してた?」
ギクリとしながらも、平静を装った…けど、
「俺の方見ながら?」
「え…と…」
「誘われてるのかと、思った」
「――――っ、」

あぁダメだ。
そういうアナタも、今僕を誘っていますよね?

絡まる視線に観念して、でもやっぱり恥ずかしくて、藤井君の左側に回って耳打ち。

「藤井君がそう思うなら、そうだよ」

そう囁いて、吐息と共に耳にキス。

軽く掠めたそれに、藤井君の少し動揺した表情を見れた。

本心は、まだ内緒。
実は不意打ちのキスとかも嫌いじゃない、なんて言えない。

藤井君からのキスは、全部、好き。

「榎木…」

そう囁いて、藤井君の右手が僕の項に触れる。
そうすると、僕は、反射的に目を閉じるんだ―――――。






      -2013.03.22 UP-
☆――――――――☆
「診断メーカー」よりお題
『耳にキス』を榎木拓也がすると萌え。『想いを告げられない関係』だと更に萌えです。
診断メーカー:#kisssitu

『想いを告げられない関係』ではないので『本心を隠す』という方向に自己改変。
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