古典で囁く

「ちはやぶる、は何の枕詞?」
「神」
「正解」

もうすぐ試験期間。
どうしても、どうしても、ど―――しても、古典の授業は睡魔が勝ってしまう藤井の為に、拓也は今、藤井専属の古典教師となっている。
因みにここは、学校の図書室の一角、時は放課後。

「じゃあ次、コレ…久方のは?」

久方の 光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ

かの有名な一首。
ここら辺は中学レベルか。

「この場合は、"光"」
「うん、じゃあ他の歌に見られる、"久方の"が掛かる言葉は他に何がある?」
「――――………」
「藤井くーん」
ニッコリ笑って拓也は藤井を見る。
「この前授業でやったよー?」
「寝てました。すみません」
「本当に、古典はダメだねー」
拓也は溜め息混じりに藤井を咎める。
「聞き慣れない日本語が呪文に聞こえるんだよ」
仕方ないだろ、と半ば開き直って反論する藤井。
「僕は好きだけどなー…百人一首は昔の人の想いが、たった31文字の歌で残ってるって凄いよね」

どんな想いで歌を詠んで、それを相手に伝えて…それを読み解くのは、古しえの箱を開くような高揚感。

「で、"久方の"は "光"の他に、"天""雨""月"等の"天空に関する語"に掛かるんだよ、解った?」

「解った」
素直にノートに書き写す藤井。
「そして、最後の "散るらむ"の "らむ"は、この場合 "何故~なのだろうか"になるから…訳は?」
丁寧に解説をして答えを導く。

紀友則の一首を終えて、同じ枕詞の別の歌に目を移す藤井。

たまたま、何となく、この一首の解説の授業は記憶にある。
何故ならば―――…

「榎木、この歌の訳は?」
「これ?」

久方の 月夜を清み 梅の花
心開けて 我が思へる君

「この久方のは月に掛かって、清みは"清らかで美しい"だから…」

月夜が清らかで美しい。そんな中、美しく咲き開いている梅の花のように、私もお慕いしているあなたに―――…

ここまで言って気付く視線。

明らかに、先程とは違う類いの視線を藤井から感じる。
そう、まるで "色"を帯びているような…。
自分を見つめるそんな視線に気付いてしまったら、この続きを言うのは、少し意識してしまう。

「ん?」
それまでスラスラと解読していた訳が止まり、藤井はニコニコしながら「続きは?」と促す。
「え…と」
顔を赤くしながら言い淀む拓也。
「教えて?」
明らかに答え知ってるだろう!と端から見ればバレバレな態度に、しかし拓也は気付かず

「―――…お慕いしているあなたに…」

心を開いていきましょう―――…

まるで告白をしているかのような、恥ずかしい感覚に拓也は襲われる。

そんな拓也の様子を内心楽しみ、
「じゃあコレの訳は?」

また別の歌を指差して藤井は訳を聞く。

「え、えー?これも?」
「うん、教えて?」
「…………」
拓也は困った顔で、でも試験勉強をしていて教えている立場。
「教えて欲しい」と言われれば、答えないわけにもいかず…

いえば世の 常のこととや 思ふらん
我はたぐひも あらじと思ふに

「私の思いを言の葉にしたならば、世にある普通の恋だとあなたは思うでしょう。でも私自身は、そんなものとは比べられない程…」

チラっと藤井の顔を伺う。
相変わらず、甘い視線。
「――――…っ、」

あなたに恋焦がれていると思っているのに―――…

「恋、焦がれてる?」
藤井が拓也の耳元で囁く。
そんな囁きに、拓也の意に反して不覚にも肩がビクッと揺れる。
「ふじ…っ、訳知ってたでしょ?」
「うん。知ってた」
ニッと笑って、「いいもの聞けた♪」とご満悦の藤井。

かぁぁぁっと更に顔を赤くして、次の瞬間

「って!」

藤井の頭に拓也の古典の教科書がはたかれた。


「も、もう!真面目にやらないなら教えてあげない!!」

バタバタと図書室を出て行く拓也。

「あー…調子のりすぎた…」
と、叩かれた頭をさすりながら、それでも頬は緩んだまま、藤井は散らかったままの拓也と自分の勉強道具の片付けを始める。

「さて、と」

二人分の鞄を持って、校内にある自販機で拓也の好きなココアを買って。

「お姫様を捜しに行きますか」

藤井も図書室を後にした。




       -2013.02.04 UP-


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【参考資料】
「久方の 月夜を清み 梅の花 心開けて 我が思へる君」/紀少鹿女郎[万葉集]
参考サイト様紀女郎 千人万首
「いえば世の 常のこととや 思ふらん 我はたぐひも あらじと思ふに」/源重之女[玉歯和歌集]
参考サイト様源重之女 千人万首
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