horror?sweet?summer vacation!

軽快な音楽で始まるコメディーと違って、ホラーは重苦しい雰囲気で始まる。
画面はどことなく暗いし、BGMも静かだったり、寧ろ無音だったり。
それが却って恐怖心を煽る。
最初は気張って観ていた榎木だったが、話が進むにつれて、ちょいちょい挟み込まれる大なり小なりの恐怖シーンに小さくビクッとなったり、無意識だろうか隣にいる俺の服の裾を握ってきた時は内心悶えた。
俺的には霊どころではない。

物語も佳境に入り、いよいよ主人公に忍び寄る霊が襲い掛かるであろう最大の見せ場のシーンで。

「藤井君……こわい……」

小さく呟いた榎木は、俺の服を掴んだ左手はそのまま、体育座りをした膝の上に顔を伏せていた。

――か……っ

可愛すぎか……っ。

「榎木、もうすぐ終わるけど、どうする? 最後まで観る?」
「無理。でも、藤井君観たいなら、そのまま続けていいよ。僕こうしてるから」

抱えた膝の上に顔を伏せた体勢のままそう言う榎木をほったらかしてまで映画なんて観られるわけないだろう!
可愛い可愛い可愛い。

「大丈夫。俺、何度か兄貴とコレ観てるし」

停止ボタンを押そうと、手元にあったリモコンを手にしようとしたその時、「え、そうなの?」と顔をパッと上げた榎木は観てしまったらしい。

この作品の、一番怖いとされる、そのシーンを。

「うっわぁぁぁぁぁぁ!!」

――抱き付かれるのと同時に発せられた絶叫に、俺も一瞬ビビってしまった。

「めっ目が合った……っ」
「あー、うん。そこ、いちばん怖いとこだったな」

ポンポンと、宥めるように榎木の背中を軽く叩く。
まさかここまでとは思わなかった。でも思った以上に可愛いからアリだ。
実のこと言えねぇな、榎木。
そう思ったら、思わずプッと噴き出してしまった。

「何」
「何でもねーよ」

言ったら拗ねるから言わないでおこう。
でも、上げた顔の目尻にうっすら涙が溜まってるのに気づいて、人差し指で拭ってやる。

「怖がり」
「な、違っ。普段観ないジャンルだから、観慣れてないだけだもん」
ここで負けず嫌い発揮するのか。 
「じゃあ、免疫つける為、また観るか?」
「……いや、いい。もー観ない」
でも、素直でもある。

どこまで可愛いんだ、俺の恋人は。


1泊目の夜は、そんな風に過ごし。
次の日は折角だからと、兄貴の大学周辺を探索して回った。
夜はまた、今度はミステリーだったら大丈夫寧ろ好きということで、トリックと謎解きが秀逸だと評判だった映画のDVDを観て過ごした。
勿論、恋人としての時間も、忘れずに。
そんな2日間を過ごしてしまえば、名残惜しくなるのは当然で。
本当は兄貴が帰ってくるマックスまで一緒にここにいたい。
そんな気分になった帰る日の3日目、榎木も同じように思ってくれていたようで、午前中いっぱいベッドの上で過ごしてしまった。
その後、榎木が部屋の掃除をしてくれている間、俺はコインランドリーへ。
来た時よりも美しく。小学生の頃に遠足なんかで言われてきたスローガンよろしく、部屋の主に文句を言われないくらいに部屋をキレイにして帰った。



後日、榎木の家へ行くと、親父さんがいてこんなことを訊かれた。

「そういえば藤井君。この前、藤井君とこに泊まりに行って帰ってから、拓也、実にお風呂誘われなかった日は次の日の朝に入ってるみたいだけど、何でか知ってる?」
「え……?」
まさかそれって……。
「あー、多分、ホラー映……」
「課題っ! やってるとつい寝ちゃってっ。気づくと深夜になってるから、パパたちの安眠妨害になるかなって!! はい、藤井君コーヒー!」
キッチンでお茶を淹れていた榎木がスパーンと勢いよくスライドドアを開けて俺のセリフに被せるようにまくし立てた。
「どうも……」
親父さんの前にもアイスコーヒーを置きながら「もーパパも藤井君にヘンなこと訊かないでよねっ」と咎める。
この反応、怖くて夜一人で風呂入りたくないんだな……。

クッソ、可愛い。

「じゃあ、僕たち、課題やるから二階行くね」
「おーガンバレ学生どもー。後でアイスの差し入れ買ってきてやるな」
「わっ、ありがとパパ」

相変わらず榎木家はほのぼのとしていて居心地がいい。
淹れてくれたアイスコーヒーと課題の入っている鞄を持って階段を上がりながら「俺、一緒に風呂入ってやろうか?」と言うと榎木は「は!? 何言ってんの!?」と赤面しながら俺を振り返った。

「おっ涼し~」
榎木の部屋に入ると、エアコンが効いていた。
「うん。少しでも早くエンジンかかるように、エアコン入れといた。何からやる?」
「英語。ここのページ、つっかかって止まってる。榎木分かった?」
「あ、まだそこやってない~ちょっと待ってて」
テキストを開いて課題に取り掛かる。
 
夏休みは始まったばかり。課題も早目に片付けて、榎木との夏を思いっきり満喫したい。



「あ、そうだ榎木。この前観たホラーの新作、先週から映画始まったんだけど、観に行かね……」
「行・か・な・い」
「ですよねー」


-2015.07.16 UP-
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