もう恋は始まっていた

(いた…!)

屋上の隅の方に、フェンスに寄り掛かって空を見上げてる拓也の後ろ姿を見つけた。

「おーい、えの──...…」

拓也がはっとした表情で振り向いた瞬間、

ぼろぼろっと、その大きな瞳から涙が零れ落ちた。

「や…っ、」
慌てて涙を拭う拓也を、反射的に腕を引っ張って抱き寄せる。

「無理…しなくていいから」
抱きとめられてすぐ抗おうと身動ぎをしたが、そう言葉をかけると
「あ、りが…と」
とだけ声を絞り出し、藤井の胸の中で涙を零した。


どの位の時間が経ったか、短かったかも知れないし長かったかも知れない。
そんな感覚の中、
「も、大丈夫。ありがとう」
と拓也は顔を上げた。

「ヘへ、実は今日、マ…母さんの命日で…何年経ってもこの日はダメだぁ…」
恥ずかしそうに頬を掻きながら微笑む。
「いいんじゃね?それって、ちゃんと榎木ん中でお袋さんが生きてるって事だろ?」
そう言うと拓也は大きな瞳を更に見開いて
「そうかな…?」
とはにかんだ。

(あぁ、そうか…...)

意識はいつからかは分からないけど。

(あの涙を見た時から、もう恋は始まっていたんだ)

あの時に抱いた感情を四年越しに理解し、藤井は清々しい気分で青い空を見上げた。


「あーごめん藤井君!お昼食べる時間もうないよー」
腕時計を見た拓也が慌てて時間を告げるが
「5限目このままサボろうぜ?どうせ腹減ってちゃ授業に集中なんかできないし」
「でも…」
「それに、そんな泣き腫らした目で教室戻れないだろ?」
「!!」

「そ、そんな酷い顔してる!?」と両手を頬を覆うように当てる拓也に「してるしてる」と揶揄うように笑う。

(誰がこんな可愛い顔、他の奴に見せるもんか)

拓也を屋上に残し、弁当を取りに一度教室ヘ戻る。
ついでにハンカチを濡らして行き、目を冷やすように渡した。

あの日から、ガキながらに守りたいって思ったんだ────



☆――――――――☆
「幼なじみに恋する5題」より
"もう恋は始まっていた"
お題提供:確かに恋だった
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