夏祭り―浴衣でしたい3つのこと―

夏。
夏と言えば、夏祭り。
今年も例年通り、町内で花火大会が催される。

「お、拓也。ピッタリだな」
「兄ちゃぁ、カッコイイ~」
「そうかな?」

数日前、押し入れの片付けをしていたら出てきた男性物の浴衣。
春美自身、着た覚えのないそれの記憶を辿って行く。
「あぁ!それ親父のだ。お前達の祖父さんの!」
「おじーちゃんの?」
「へー…ちゃんと、残ってたんだな…」

成長と共に両親との溝が出来、永遠の別れすら立ち会う事ができなかった春美と両親。
それでも、幼い頃は人並みに思い出があり、若かりし日の父がこの浴衣を着て、幼い春美と祭の縁日を歩いた記憶が、春美の脳裏に朧げながらに蘇る。

「拓也、着てみるか?」
「いいの?パパじゃなくて」

自分が存在する以前に他界してしまった祖父、当然拓也に祖父との思い出はない為、父の申し出を嬉しく思う反面、そんな祖父の形見であり父の大切な思い出の品を、そんな簡単に譲ってもらっていいものだろうか、と拓也は懸念したが
「ん?別にいいだろ。それに確か親父の背を高校の頃抜いたから、パパじゃ多分丈が短いだろうし」
と、あっけらかんと答える。

「そうなんだ?…僕はいつパパを抜けるんだろうねぇ…」
「た、拓也ぁ?」
イカン、別の方向に話が向かっている…。
「ほ、ほら拓也!まだまだ成長期なんだから。実君!拓也の浴衣姿見たいよなぁ!?」
「見たい見たいー♪」
実も着てみてーと楽しそうに言う。
「じゃ、そういう訳で、試着試着♪」
「え、うん!?」
―――と、冒頭の会話になる。


「ずっとしまってあったから、一度クリーニングに出して、今度の花火大会の時にでも着るといい。行くんだろう?」
「え、あ…うん」
春美の問いに、拓也は少し照れた様子で俯き返事をする。

「え、兄ちゃん行くの!? 僕も行くー!!」
「えっ!?」
「こら、実。実君はパパと行こう」
お兄ちゃんは、お兄ちゃんのお付き合いがあるんだから、と実を諭すが
「やぁー。兄ちゃんと行くぅー」
と、ブラコンパワーよろしく引く気はないらしい。
「実…相変わらずでパパ寂しいよ…」
「パパ…いいよ、一緒に行くの藤井君だし、多分向こうは向こうで…」





「実ちゃーん!お祭り行きましょー!!」
「…スマン、榎木。振り切れなかった…」

花火大会当日。

榎木家に迎えに来たのは、藤井と一加。

「ううん。僕も実、振り切れなかったし…」
と、浴衣姿の拓也と共に玄関に出て来た甚平姿の実。
行く気満々である。

「一加ちゃん、浴衣可愛いね。似合ってる」

一加の浴衣は、淡いピンク地に花柄、裾にはフリルがあしらわれていた。

「ほんと!? 拓也お兄様も、浴衣カッコイイ!ね、昭広兄ちゃん♪」
「あ!? あぁ…」
急に振られて、慌てる藤井。
「勿論、実ちゃんも甚平似合ってるわぁ…流石私の未来の旦那様」
「うん?」
キョトンとして返事をする実と「相変わらず素っ気ないわね、実ちゃん」と返す一加に、さ、行こうかぁと、声を掛け玄関を出る。

手を繋いで歩く実と一加の後ろを、拓也と藤井がついて行く。

「マー坊は?」
「風邪ひいて留守番」
「そうなんだ、残念だね」
「冗談。コブは一加だけで十分だよ」
「酷いなぁ…」
隣で苦笑する拓也を、藤井が眺める。
「何?」
「いや…そういう恰好も新鮮だなと思って。意外に凛々しい」
鼻の頭を掻きながら、少し照れたように言う藤井に、
「意外って、失礼だなぁ」
僕だって男だし!と反論した後、
「でも、藤井君の方がきっとカッコ良くて似合うよね。見てみたいな」
とニッコリ言う。

そんな拓也にドキリとしつつ、
「まあ、涼しそうだよな、浴衣」
とごまかす藤井に、
「うん。通気性良くて涼しいよ」
と、相変わらずのほほんと答える拓也だった。
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