とある男子高校生の一日

靴から上履きに履き替え、教室へ向かう。
自分の席に鞄を置くと、斜め前の席の級友に声を掛けられた。

「おはよ、小野崎君」

「はよ、榎木」

彼の名前は榎木拓也。
出席番号が俺の番号の一つ前の為、日直やら移動教室での席やらでペアになる事も多く、自然と仲良くなった高校に入ってからの友達だ。

「榎木、リーダーの訳やってきた?」
「やってあるけど」
「ワリ、見せて」
「えー、やってきてないの?」
「昨日部活キツくて、帰ったら寝ちゃって」
両手を顔の前で合わせてお願いのポーズを取ると
「仕方ないなぁ…」
とゴソゴソと机を漁り「ハイ」とノートを渡してくれた。

「サンキュー」
まだ友達始めて数ヶ月だが、この榎木拓也という男は人当たりが良く穏やかな奴だ。
滅多に怒っている姿を見た事がない。
(お調子者の二人にイジられて膨れっ面になる事はあるが)

「榎木ー、リーダーの訳見せてー」
「藤井君!? やってないの!?」
「忘れてた」
トイレにでも行っていたのか(登校は大概榎木と一緒だから)、教室に入って来てそのまま榎木の所に直行して来たこの男は藤井昭広。
「ザンネーン。今俺が借りてるの」
「じゃ一緒に見せろよ」
自分の机からノートを持って来て、榎木の椅子を俺の机に向けて無理矢理スペースを奪う。
「ちょ、狭い!」
「はい、そこ消しゴム退けて、邪魔」
「二人ともー、ちゃんと次は自分でやってきてよね。そもそも間違ってても知らないからね!」
「まあ、そん時はそん時ー。取り敢えずやってあれば、ヨシ!」
俺が言うと
「榎木が予習ごときで間違う筈ないだろ?」
自信満々で藤井が言う。
「そんな事分からないよ?」
「ちゃんと辞書使って調べてるの、知ってる。お前はそーいうヤツ」
「藤井君…」
藤井の言葉に、はにかんだ様子の榎木。

…………。
ハイ、まず一つごちそうさま。

「ぐぁーっ!お前ら外行ってやれぇ!!」

コイツら単体はそれぞれイイ奴なのにっ。

「は?ここ離れるならノート持ってくぞ?」
何言ってんだ?と言わんばかりの藤井に
「ど、どうしたの!? 小野崎君」
ド天然な榎木。

朝からこの調子なら、今日も何回あてられるんだろうな。
「ざけんな。このノートは俺が先借りたの。藤井は布瀬にでも見せて」
「やらんぞ、俺は」

今しがた登校して来たらしく、ナチュラルに会話に入って来た別の級友。
学年トップで生徒会役員でもある布瀬に「おはよう」とこれまた笑顔で挨拶をする榎木。
本当、いつでも爽やかだな榎木は。

「榎木も放っとけばいいものを…甘いなぁ」
呆れた顔で布瀬が榎木に言えば
「でも、小野崎君は部活も大変そうだし…」
とフォローを入れてくれる。
「…藤井は?」
「え…っ」
「俺が勝手に便乗して写してんの」
な?とノートから顔を上げて同意を求める藤井に、榎木も「うん」と微笑み返し。

榎木に他意はない、筈。
しかし、空気がホワンとしてるのは俺の気のせいじゃ…ないな。
「…おい。珍しく地雷踏んだな、布瀬」
「まさか、この流れであてられるとは思わなかったよ」

二人で溜め息を吐きながら、俺はせっせとノートを写す。
この二人は小学校からの付き合いらしいが、恋仲になったのはここ最近。
それまでは、端から見たらじれったい位のお互い片想いオーラが出ていたが(気付かないのは本人達だけという鈍感っぷり)、
両想いになったらなったで、榎木に関しては自制の利かない藤井と、超天然の榎木にあてられる事も少なくない日々を送る羽目に。

まあ、それでも、人としてはイイ奴らだから、変わらずつるんでいる訳だけど。

「おっはよー」
「あ!たっくんのノート、俺にも見せて!」

お調子者二人組が騒がしく登校。

「榎木のノートは定員オーバーな上、タイムアウトです」

HRが始まる5分前の予鈴が鳴り響く。
「うわ、最悪。俺当たったらどうしよう」
「普通に怒られておけ」
「ヒドイ布瀬!!」
コイツら来たら、途端にコメディーだな。
榎木は榎木で苦笑してるし。

コントを横目に俺も藤井もノートを写し終えて、榎木に返す。
「サンキュー。ほい、コレお礼」
鞄から飴玉を2~3コ取り出して榎木に渡す。
いつも部活の帰りに糖分補給とチャリ漕ぎながら小腹を満たす為に鞄に入れてあるんだ。
「あ、ありがとう。別にいいのに…」
「飴玉くらい遠慮すんなって」
「うん。頂くね」
ほっこり笑んで上着のポケットにしまう。
…うん。榎木の笑顔は癒される。
まあ、藤井の気持ちも解らんでもない。

「HR始めるぞー、席着けー」

担任が入って来て、思い思いにダベっていた生徒達がガタガタと自分の席へ向かう。
藤井が自分の席へ向かう前に、榎木の頭をポンと撫でて行ったのは、見てないからな俺は。

さて、一日の始まりだ!
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