人と人とを繋ぐもの
昨日と同じ、特別棟の屋上に。
「寛野に相談してたんだって?」
「え…何を?」
「宮前の事」
「何でその事…しかも昔の話だし…」
「でも、お前はそれで必要以上に寛野に親しみを覚えるって訳だ」
責められるような物言いと、自分の中でとっくに解決している事を持ち出されて、流石の拓也もカチンときた。
「……っ、そうだよ!少なくとも、あの時僕は寛野先生に救われた!」
体調まで崩す程悩んでいたあの事は、本当に自分一人じゃ抱え切れなくて、身体も心も辛くて痛くて…
「それを救ってくれたのは寛野先生だったんだっ」
それまでの態度とは打って変わった強い口調で反論する拓也に、藤井は思わず口走る。
「俺だってあの時…!」
「え…?」
「いや、何でもない…」
(宮前を咎めたのは、俺が勝手にした事。それを榎木に言うのは、お門違いだ…)
途端に口ごもる藤井に違和感を覚え、拓也はおずおずと訊いた。
「藤井君…?何でそんなに寛野先生に拘わるの?」
「それは、お前が…っ!」
(ホントに何でこんなにイライラするかな)
藤井自身も持て余している苛々に、更に苛々が募る。
「あーやっぱダメだ。今日は帰る」
「え!?藤井君!?」
藤井は踵を返し拓也に背を向け、校舎内へ向かう。
どんどん泥沼と化していく状態に、拓也もどうしようもなく。
藤井の姿が見えなくなった屋上の出入り口を眺めながら立ちすくむ拓也に無情にも、昼休み終了の予鈴が鳴り響いた。
自宅の最寄駅で電車を降り歩いてるところへ、藤井は今一番会いたくない人物と遭遇した。
(最悪…)
「おや、君は…」
「藤井です。藤井昭広」
「覚えてるよ、校庭15周」
寛野はクスリと笑い、藤井を見据える。
「紅南小での君達との1ヶ月は、結構楽しく過ごせたからね」
笑顔で言う寛野を怪訝に睨み付ける藤井。
「小学校はもう放課後だが、高校はもう終わったのかい?」
「………」
「サボりか」
僕もよくサボったな、と笑って言う。
「榎木君は、元気?」
このタイミングでかの名前を出され、藤井の眉がピクリと動く。
「何でそんな事…第一実に聞けば…」
「ふむ。確かにそうだな」
「それに最近、先生も会ってるみたいだし」
暗に「先生の方が知ってるんじゃないですか?」と皮肉を込めて言ってみると、「おや」と言いたそうな表情を一瞬見せてすぐに笑顔に戻った。
「ここ一週間は会っていないよ」
そこで、今日実君の元気がなくて、聞けば「兄ちゃんが落ち込んでる」と来たもんだ。
「君は毎日学校で会ってるんだろ?」
「何でそれを」
寛野はつい、と藤井の胸元を指す。
「榎木君と同じ制服、それに藤井一加さんと正樹君の家庭調査票」
「プライバシーも何もねぇな」
「制服着用が何を言ってる」
「教師のクセに相変わらずだな、あんた」
「君もね」
ニッコリ笑って言葉一つで藤井を躱すのは、やはり大人の余裕からか。
「僕は一つ決めてる事があってね」
「?」
「彼がまた何かに悩んでたり泣いていたりしたら、迎えに行こうと思っている」
「何?」
「前 面談した時、彼ははっきりと『幸せだ』と言った。『それは今、幸せな恋愛しているからだ』と」
(あ…)
それで、あの夜―――…。
「でも、今そうじゃないなら、僕はその相手を買い被り過ぎたようだね」
「榎木は…」
「………」
さっきの屋上での拓也を思い出す。
確かに今、彼の顔を曇らせている原因は紛れもなく自分だ。
そう認めざるを得ない藤井は、それでも。
「榎木は、誰にも渡さない!!」
クッと寛野が笑う。
「カマ賭けたら、当たった…」
それを聞いた藤井は、かぁーっと顔が赤くなるのを自覚した。
「なっ…榎木から聞いてたんじゃ…っ!」
「彼は相手が誰かは言っていないよ」
寛野はクックッと笑いながら、更に一言。
「まあ、そんな訳で、君が彼を大切にしないなら、いつでも僕が貰いに行くからね」
「―――っ、このクソ教師ぃぃぃ!!」
最後の宣戦布告に暴言を吐く事しか出来ない藤井に、寛野はヒラヒラと片手を振って去って行った。
全ての授業を終え、拓也は息せき切って藤井宅のマンションを目指していた。
と言っても、目的は藤井ではなく…
ピンポーン
「おぉー、榎木、いらっしゃい」
「宮前君…突然ごめんね」
お邪魔します、と部屋に上げて貰う。
「メールアドレス交換しといて良かったな、こういう時ホント便利」
「うん、宮前君捕まえられて良かった」
淹れて貰ったお茶を受け取りながら、拓也は返事をする。
例の件の後、宮前とは一応和解はしたものの小学生の間は疎遠になっていたが、中学へ上がってからクラスメイトとなり、やはり同じ父子家庭という事もあり、話す機会が増え藤井達とはまた違った友人関係を築いた。
「で、榎木がこんな突然に連絡寄越す程の事って何?」
「えっと…聞きたい事があって…」
30分程した後―――
「今日はありがとう。本当助かった」
玄関に向かいながら、拓也はお礼を言う。
「いや別に。藤井と仲良くな」
「え…あ、うん」
顔を赤くして口ごもる拓也に
「今更照れんなって」
と宮前は拓也の背中をバンバンと叩く。
「今度、またゆっくり遊ぼうな♪」
「うん!」
満面の笑顔で返事をし、じゃ、お邪魔しましたと玄関を出る。
「さて、」
今度はケータイを取り出し、履歴の一番上にある番号をコールする。
(出て…くれるかな…お願い、出て…!!)
『…榎木?』
「藤井君…!!」
(良かった…出てくれた…)
ホッと安堵した拍子に少し涙ぐんでしまい、このコール音に緊張していた事に気づいた。
「今、どこ?」
『家…榎木は?』
「今、藤井君のマンション…行っていい?」
数秒の間が空き。そのほんの間ですら鼓動が早くなるのを感じていると、藤井の声が耳元に届いた。
『......ん、待ってる』
「寛野に相談してたんだって?」
「え…何を?」
「宮前の事」
「何でその事…しかも昔の話だし…」
「でも、お前はそれで必要以上に寛野に親しみを覚えるって訳だ」
責められるような物言いと、自分の中でとっくに解決している事を持ち出されて、流石の拓也もカチンときた。
「……っ、そうだよ!少なくとも、あの時僕は寛野先生に救われた!」
体調まで崩す程悩んでいたあの事は、本当に自分一人じゃ抱え切れなくて、身体も心も辛くて痛くて…
「それを救ってくれたのは寛野先生だったんだっ」
それまでの態度とは打って変わった強い口調で反論する拓也に、藤井は思わず口走る。
「俺だってあの時…!」
「え…?」
「いや、何でもない…」
(宮前を咎めたのは、俺が勝手にした事。それを榎木に言うのは、お門違いだ…)
途端に口ごもる藤井に違和感を覚え、拓也はおずおずと訊いた。
「藤井君…?何でそんなに寛野先生に拘わるの?」
「それは、お前が…っ!」
(ホントに何でこんなにイライラするかな)
藤井自身も持て余している苛々に、更に苛々が募る。
「あーやっぱダメだ。今日は帰る」
「え!?藤井君!?」
藤井は踵を返し拓也に背を向け、校舎内へ向かう。
どんどん泥沼と化していく状態に、拓也もどうしようもなく。
藤井の姿が見えなくなった屋上の出入り口を眺めながら立ちすくむ拓也に無情にも、昼休み終了の予鈴が鳴り響いた。
自宅の最寄駅で電車を降り歩いてるところへ、藤井は今一番会いたくない人物と遭遇した。
(最悪…)
「おや、君は…」
「藤井です。藤井昭広」
「覚えてるよ、校庭15周」
寛野はクスリと笑い、藤井を見据える。
「紅南小での君達との1ヶ月は、結構楽しく過ごせたからね」
笑顔で言う寛野を怪訝に睨み付ける藤井。
「小学校はもう放課後だが、高校はもう終わったのかい?」
「………」
「サボりか」
僕もよくサボったな、と笑って言う。
「榎木君は、元気?」
このタイミングでかの名前を出され、藤井の眉がピクリと動く。
「何でそんな事…第一実に聞けば…」
「ふむ。確かにそうだな」
「それに最近、先生も会ってるみたいだし」
暗に「先生の方が知ってるんじゃないですか?」と皮肉を込めて言ってみると、「おや」と言いたそうな表情を一瞬見せてすぐに笑顔に戻った。
「ここ一週間は会っていないよ」
そこで、今日実君の元気がなくて、聞けば「兄ちゃんが落ち込んでる」と来たもんだ。
「君は毎日学校で会ってるんだろ?」
「何でそれを」
寛野はつい、と藤井の胸元を指す。
「榎木君と同じ制服、それに藤井一加さんと正樹君の家庭調査票」
「プライバシーも何もねぇな」
「制服着用が何を言ってる」
「教師のクセに相変わらずだな、あんた」
「君もね」
ニッコリ笑って言葉一つで藤井を躱すのは、やはり大人の余裕からか。
「僕は一つ決めてる事があってね」
「?」
「彼がまた何かに悩んでたり泣いていたりしたら、迎えに行こうと思っている」
「何?」
「前 面談した時、彼ははっきりと『幸せだ』と言った。『それは今、幸せな恋愛しているからだ』と」
(あ…)
それで、あの夜―――…。
「でも、今そうじゃないなら、僕はその相手を買い被り過ぎたようだね」
「榎木は…」
「………」
さっきの屋上での拓也を思い出す。
確かに今、彼の顔を曇らせている原因は紛れもなく自分だ。
そう認めざるを得ない藤井は、それでも。
「榎木は、誰にも渡さない!!」
クッと寛野が笑う。
「カマ賭けたら、当たった…」
それを聞いた藤井は、かぁーっと顔が赤くなるのを自覚した。
「なっ…榎木から聞いてたんじゃ…っ!」
「彼は相手が誰かは言っていないよ」
寛野はクックッと笑いながら、更に一言。
「まあ、そんな訳で、君が彼を大切にしないなら、いつでも僕が貰いに行くからね」
「―――っ、このクソ教師ぃぃぃ!!」
最後の宣戦布告に暴言を吐く事しか出来ない藤井に、寛野はヒラヒラと片手を振って去って行った。
全ての授業を終え、拓也は息せき切って藤井宅のマンションを目指していた。
と言っても、目的は藤井ではなく…
ピンポーン
「おぉー、榎木、いらっしゃい」
「宮前君…突然ごめんね」
お邪魔します、と部屋に上げて貰う。
「メールアドレス交換しといて良かったな、こういう時ホント便利」
「うん、宮前君捕まえられて良かった」
淹れて貰ったお茶を受け取りながら、拓也は返事をする。
例の件の後、宮前とは一応和解はしたものの小学生の間は疎遠になっていたが、中学へ上がってからクラスメイトとなり、やはり同じ父子家庭という事もあり、話す機会が増え藤井達とはまた違った友人関係を築いた。
「で、榎木がこんな突然に連絡寄越す程の事って何?」
「えっと…聞きたい事があって…」
30分程した後―――
「今日はありがとう。本当助かった」
玄関に向かいながら、拓也はお礼を言う。
「いや別に。藤井と仲良くな」
「え…あ、うん」
顔を赤くして口ごもる拓也に
「今更照れんなって」
と宮前は拓也の背中をバンバンと叩く。
「今度、またゆっくり遊ぼうな♪」
「うん!」
満面の笑顔で返事をし、じゃ、お邪魔しましたと玄関を出る。
「さて、」
今度はケータイを取り出し、履歴の一番上にある番号をコールする。
(出て…くれるかな…お願い、出て…!!)
『…榎木?』
「藤井君…!!」
(良かった…出てくれた…)
ホッと安堵した拍子に少し涙ぐんでしまい、このコール音に緊張していた事に気づいた。
「今、どこ?」
『家…榎木は?』
「今、藤井君のマンション…行っていい?」
数秒の間が空き。そのほんの間ですら鼓動が早くなるのを感じていると、藤井の声が耳元に届いた。
『......ん、待ってる』