もう恋は始まっていた

『マ…マ』
そう呟いて眠っていたアイツの目から涙が溢れた────



「…………」

カーテンの隙間から陽が差し込む。
(なんか懐かしい夢見たな…)
まだボーっとする頭を掻きながら、藤井は二段ベットを降りた。


「おはよ!藤井君」
「…はよ」
登校時、特に約束しているわけではないが、毎日だいたい同じ時間に出ると途中で拓也に会う。
「?なんか眠そうー」
「あー明け方夢見てちょっと眠り浅かった」
「へーどんな夢?」
「…………」
最寄駅の改札を通りながら、拓也は興味津々と首だけ振り返る。
「藤井君?」
「忘れた!」
「えー!?」

だって言えるわけないだろう。
あの時の事は、榎木自身にも言ってないんだ。

小6の時、拓也と実が藤井宅ヘ遊びに来て、一加とマー坊と段ボールハウスを作った時があった。
その時ちびっ子たちと一緒につい眠ってしまった拓也は、亡き母との思い出の夢を見、涙を流した。
尤も拓也自身は、その時自分が泣いた事に気付いていないが、それを目撃した藤井は、見なかった事にし、ずっと心の奥にしまっている。

(でも実は、忘れられないんだよなーあの事は…)
どうしてあそこまで動揺したのか。
それと同時に、自分だけしか知らない事だと思うと無償に嬉しく感じたり。
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