人と人とを繋ぐもの

現国の教科書に載っている近代文学の某一作品。
それをパラパラと暇潰しに読んでいたら、意外にも興味をそそられ、他にも読んでみたくなり市立図書館へ。
普段でも文庫は読んではいるが、それこそ暇潰し程度で熱心な読者という訳ではなく、しかし何がきっかけとなって読書にハマるか分からないなぁ…と、我ながら単純と自嘲しながら、近代文学の棚を拓也は眺めていた。

芥川・太宰・森鴎外・夏目漱石…宮沢賢治もいいかも?

「あ」から並ぶ作家名を眺めながら、棚の前を行ったり来たりしてどれを借りようかと悩んでいると

「榎木君?」

と、声を掛けられた。

「寛野先生!」

声の主を見て拓也はその偶然に驚いた。

「こんにちは。先日はありがとうございました」
実の参観会に出席した拓也は、弟の現担任である寛野と父兄面談で色々話をした。
「いや…今日は恋人は一緒じゃないのかい?」
いつもと同じ穏やかな笑顔でそう聞かれ、拓也はサッと顔を赤くする。
「や、やだな、先生。先生でもそういう事言うんですね」
「何で?」
「意外だな、と思って…あまり人のそういう事には触れなさそうというか…」
「まあ…、興味のない人間には聞かないな」
「え…?」
(どういう意味だろう…?)
疑問符を頭に浮かべているような顔で黙り込んでしまった拓也を見て、寛野はクスリと笑みを零す。

「ここの棚…近代文学に興味が?」
別の話題を振られ、拓也はハッと我に返る。
「あ!そうなんです。現国の教科書で読んで、他にも読みたくなって…」
単純なんですけど、と恥ずかしそうに答える拓也に
「文学に興味を持つきっかけになるには、充分な理由だよ」
と寛野は言った。
「僕も高校生の時に興味を持って色々読んだよ」
やっぱり、教科書で読んだのがきっかけだった。
「おんなじだ」
ハハと笑ってみせる。

そんな寛野に拓也もフフ、と釣られ笑い、
「先生は、どれを読んだんですか?」
と尋ねると「そうだな…」と、数冊棚から引き抜いて渡された。
「好みもあると思うが、手始めにはこの辺が読み易くて面白いと思う。これらは文庫にもなっているから、借りるならそちらの方がこのハードカバーよりは嵩張らなくていいかもしれない」
「そうですか…じゃあ文庫のコーナーにも行ってみます。ありがとうございます」
「色々読んで、自分の読書傾向が解るといいな」
「はい」

ありがとうございました!とお礼を言ってこの時はそこで別れた。
が、これがきっかけで、二人は何度か図書館で顔を会わす事となる。
そう、返しては借りるを繰り返す「返却日」に―――…。



「最近、やたら本読んでないか?」
「…うん」

今も、珍しく課題だの試験勉強だのがない状態で拓也の部屋に二人でいると言うのに、熱心に活字を追う恋人の姿が藤井には面白くない。
「俺、暇なんだけど」
「あ…そうだよね、ゴメン」
拓也は顔を上げて藤井の少し不機嫌気味な顔を見ると、栞を挟んでパタンと本を閉じた。

最初は二人でお菓子をつまみながらたわいのない話をしていたが、途中藤井がトイレと部屋を出て戻ってきた時には、拓也は読みかけだった本を開いていた。
暫く様子を見ていた藤井だったが、一向にそれを置く気配のない拓也に痺れを切らしての、訴えだった。

「何か、一度開いたら夢中になっちゃって」
「本もいいけど、今は二人でいるんだしさ」
「うん」
本を閉じた事に、取り敢えずは良しとした藤井は、拓也をギュッと抱きしめた。
「ふ、藤井君…」
抱きしめられて、後頭部を撫でサラサラと髪を弄ぶ藤井の手が心地良く、トクントクンと拓也の鼓動が踊り出す。
(あ…)
暫くその感触を楽しんでいた手が項に下りて来ると、拓也も少し顔を上げて目を細める。
瞳がぶつかり一瞬の微笑みの刹那、重なる唇。
「…ん、…」

(夢中に…されちゃうんだよなぁ…)
だって、やっぱり気持ちいい。
文字通り「気持ち」が。
勿論、そういう意味でも気持ちいいんだけども。
それ以上に「心が満たされる」気持ち良さ。
(好き…だな…)
藤井君も。
藤井君のキスも。

そんな事を思考が掠めたものだから、思わず声に乗せていた。
「…好き…」

唇が離れた一瞬の呟きは、藤井にとっては大きな奇襲となって。
「…………」
驚いた顔で自分を見つめる藤井に気付いた拓也は
「…あれ?」
と言った後、無意識に自分の思考の一部が口を吐いた事に気付き、今程とは別の熱が頬を染める。
「や、違っ」
「違う!?」
「あ、違う…違わない!けど…あ、あれ?」
「…どっちだよ」
「…最初の違うが違うで、好き…がホント」
もう、何を言ってるんだか何が何だか…。
顔を真っ赤にして、違うとホントを繰り返す拓也が可愛く見えて仕方ない。

(やっぱり一番夢中にさせられるのは榎木だよな…)
それが今、拓也を夢中にさせているものは読書と来たもんだ。
読書が悪い訳ではない。
ただ、やっぱり二人でいる時は二人の時間を楽しみたいと思う事は当然ではないか。

「榎木…」
まだ顔を赤くして狼狽えている拓也の頬に指を掠めて、藤井は再び口付けた。
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