「また明日」

桜の花がちらほら咲き始めた、麗らかな春の日。
今日は合格が決まった高校の制服の採寸日。
着る事が残りあと指折りとなった詰め襟に腕を通し、拓也は出掛ける支度をする。

「拓也ー、出られるか?」
「うん!今行く!」

先に実を保育園へ送りに行っていた春美が戻ってきて、玄関先から声を掛けられた。

「必要書類持ったか?」
「うん、コレ」
玄関で書類の入った封筒を春美に渡し、拓也は靴を履く。
その様子を見ながら春美――父親は感慨深気に言った。

「拓也ももう高校生かぁ」
「…何急に」
改めてしみじみと言われ、何だか照れ臭く感じ、憎まれ口っぽく反応してしまった。
「いや、すっかり学ランが板についたのにな、と思って」
「ゴンちゃんはまた学ランだけどね」
後藤の行く商業高校は詰め襟、拓也の行く高校はブレザーである。
「拓也はこれからはネクタイだな」
「上手く結べるかなぁ」
「簡単だぞ、結び方なんて」
そんな話をしながら、親子で駅に向かっていたら、後ろから声を掛けられた。

「榎木ー」

聞き慣れた声に返事をしながら振り返る。

「おはよう、藤井君!」

「おはようございます、藤井さん」
「今日はよろしくお願いします、榎木さん」

春美も藤井の父親に挨拶をする。

「あれ?藤井君も付き添いお父さんなんだ?」
「お袋、〆切り前で修羅場中…」
「大変だね…」
まあ、親なんて金さえ払ってくれれば、どっちでもいいしなーと苦笑している拓也に藤井は言う。
子供同士並んで歩く後ろで、保護者二人も談話をしながら歩く。

「藤井君と同じ高校に決まって、拓也喜んでるんですよ。また三年間よろしくお願いします」
「いやいや こちらこそ。うちも榎木さんと一緒で心強いですよ」
ランドセルを背負っていた頃をお互いに知っている為、前を歩く二人を眺め「大きくなりましたな」と、ついつい言い合い感慨深くなってしまう。
しかしそれもまた、親としての慶びなのだ。
「今度、一緒にどうです?一杯。息子達の入学祝いに」
「いいですね。ぜひとも」
親同士も、良い関係を築いているようだ。


改札を潜って電車を待つ。
あと半月もすればこれが日常となるかと思うと、楽しみに思う反面、何だか今までと違う自分のような気がして…。

「何か変な感じだよね。今までずっと歩いて学校行ってたのに、これから電車だって」
「そうだなぁ」
定期を持って、ブレザーを着て、色んな中学からの新しい仲間…
「…何かドキドキしてきた…」
胸に手を当てて深呼吸をする拓也を見て
「まだ先じゃねぇかよ」
と苦笑いする藤井。
「そ、そうだけど…」
藤井君はドキドキしない?
「別に…楽しみではあるけどな」
今からそんなんじゃ心臓持たねぇぞ。

そんな話をしている間に電車が来て、二人(+保護者二人)で乗り込む。
これから、この光景――藤井君と一緒に電車で登校――が日常になるかと思うと、やっぱりドキドキしてしまう拓也だった。
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