夜の散歩道

今度は、懐かしい通学路になぞって歩き出す。

ランドセルを背負って歩いた道程は、あの頃とは目線が違う。
自分の背丈位あった民家の垣根は、今は見下ろせるし、脇を通る公園の遊具は小さく見える。

「変わってないのに、違う場所みたい…」

「夜だから?」
ポソリと言った拓也の言葉に、藤井が問い掛ける。

「んー…それもあるし、目線が違うってのもだろうし…」

繋いでる手を胸の高さまで上げて

「藤井君と手を繋いでるせいもあるかも」

物理的な要因と、心理的な要因。

「公園も建物も何も変わってないのにね」

ニコッと笑って不思議だねと言う。


「…じゃあ、キスしたら、もっと違う風景になるのかも…?」

拓也によって持ち上げられた繋がってる手を、目を細めて藤井はそのまま口角を上げてるそこに寄せ、ちゅっとリップ音を立てて、拓也の手の甲を吸い上げる。

「ふじ」
いくん、と続くであろう言葉を唇を合わせて一緒に飲み込む。

「んん…」
舌を絡めて数秒、銀糸を伝わせて口付けが解かれた。

「どう…?」
「しっ知らないよ!」
口端に伝った糸の名残を拭いながら、拓也は藤井に背を向け数歩前を歩く。
子供の頃、無邪気に通った道での行為に、何だか照れ臭くて。

(………)
「…違って見える…かも」

ポツリと、呟く。

「少なくとも、こんな気持ちでここを歩いた事なかったもの…」

「榎木…?」

拓也はクルッと身体ごと振り向いて、

「あの頃の僕が今の僕を知ったら、すっごく驚くと思うよ!」
こんなに、藤井君が大好きだって!
「だから、やっぱり全然違って見える」

上目遣いでそれだけ言って、照れた顔を隠すように、また前を向き数歩先を歩き出す。

「…………」
「…………」

「藤井君…?」
何の反応もない藤井を不審に思い、拓也は首だけ振り向き伺い見る。
暗くて表情はよく見えないが、藤井は片手で顔を覆っていた。

「ふじ―――」
「っとに、お前はっ」
「わっ」

ぐいっと後ろに腕を引っ張られ、拓也は背中を藤井に預ける形になる。
藤井は拓也をそのまま抱き留め、耳元に「俺もだよ」と囁く。

(時々、グラッとクるような事言うよなぁ…)

後ろから抱き留めたのは、照れた顔を見られたくなかったから。
藤井とて、無邪気なあの頃を意識すれば、この場でのこの状況は照れ臭い。
自分から仕掛ける分には平然としている癖に、拓也からのアプローチにはてんで弱いのだ。

「ふじー…くん?」
「惚れた弱み…だよなぁ」
「え?」

「榎木には敵わないって事!」
後ろからギュッと抱きしめる腕に力を込めて…寧ろ羽交い締め。
「ちょっ、藤井君 痛いよ」
もう…と身動ぎしてると藤井の力が少し緩み、その反動で腕の中で向き合った。

視線が絡んで、もう一度―――…。

いつもより一層ドキドキするのは、無邪気な頃がちらつくせい―――…。




「藤井君」
「ん?」
「あの頃って、実は結構ケンカしたよね、僕たち」
「そうだっけ?」
再び歩きながら、過去を振り返ってみる。

「お互いの事、作文に書いたの覚えてる?」
「そんな事もあったなー」

「…………」
「榎木?」
拓也は何か言おうとして、やっぱりやめようか…と少し口をパクパクと開閉させた後、はにかんだ笑顔で告白。
「あの作文があったから、今僕は藤井君の事好きなのかも…」
本当の藤井君を知るキッカケになったから…。

「――――っ」
(だから、何でコイツはこう…!!)

「藤井君…?」
「お…俺も!」
あの時、本当の榎木知れて良かったと思ってた。

何だかやっぱり照れ臭くて、幼なじみってこういう時、擽ったい感じがする、と拓也は思った。
それは藤井も同じだったようで、二人で俯いて歩く。
それでもしっかり手は繋いだまま―――。

拓也の家まで、あと数メートル。

そろそろ二人の夜の散歩は、お開きになるようです。



(「でもアレは、最初榎木が一方的に絡んでたよな」)
(「う…だって、悔しかったんだもん…」)


-2013.03.17 UP-
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