Rehearsal・Valentine

藤井の部屋に移動して、暫し二人の時間。

藤井からコーヒーを受け取りながら、
「チョコ作りがあんなに大変なんて知らなかったよ」
と拓也が言うのに対し、
「榎木の事だから、これから断るの、躊躇いそうじゃないか?」
ニヤリと笑いながら藤井が言う。
「やっ!高校でくれる人がいるとは限らないし!」
貰う可能性を否定して「藤井君こそ」と続ける。
「いーや、お前は絶対貰うし、俺こそいねぇな」
「えー…」
そんな言い合いをしながらも、これまでのその日を思い起こすと、お互い恋人のモテっぷりに少なからず溜め息が出る訳で。
どのみち所謂非リア充な人達からしてみたら、殺意が芽生えそうな悩みである。

「ところで…」
「ん?」
「俺には?」
「え…欲しいの?」
今、散々ウンザリだと言わんばかりの話をしていたくせに。

「好きな奴からは欲しいだろ、普通」
ケロリと言い放つこの男の飄々とした事か!!

そう思いつつ、一応一人分を確保していた拓也。
藤井にと思う反面、女々しいかも…とも思い、ほぼ渡すつもりはなかったのだが。

「じゃあ…ハイ」
カバンから取り出されたのは、ブルーのワイヤータイで口を止められた透明のラッピング袋。
中は一口サイズのコロコロと丸いチョコレート。

「一応、トリュフ…なんだけど…」
恥ずかしいのか、下を向きながら差し出す。

「サ、ンキュ」

そんな風に恥じらいながら渡されると、藤井もドギマギしてしまう。
これまで、どんな女子からチョコを渡されても、こんな風に感じた事はなかったのに。

カサッと袋を開く音。
「え、今食べるの!?」
顔を上げて藤井を見ると、既に一粒口の中。

「ん、んまい」
練習したとは言え、人に贈る為に初めて作ったチョコレート。
味はさっき味見したから不安はないけれど、それとこれとはまた違う。
「よかった」
ホッと安堵したように、拓也が微笑む。

藤井は悪戯を思い付いた子供のような表情になると、一粒チョコを口に含み、

「!?」

ぐっと拓也の後頭部を押して引き寄せた。
瞬間、唇に柔らかい感触と、その中にコロンと押し込まれたチョコレート。

「んっ…ふぁ…」

チョコを送り込んだ藤井の舌と拓也の舌の温もりで、それはすぐに甘くとろけた。
溶け広がるチョコを味わうように、藤井は拓也の口腔を舐める。

「…っ、はぁ…」
糸を伝いながら、唇が解かれる。
「ど…?」
「甘…い…」
トロンとなりながら拓也が答える。
「もう一粒、いく?」
「あ…」
甘いチョコと雰囲気に、このまま委ねてしまおうかと、思ったその時…

「昭広兄ちゃーん」
コンコンとドアをノックされ、ハッと我に返る。

「何…」
拓也からスルリと離れた藤井が、溜め息を吐いて部屋のドアを開けると一加が立っていた。

「拓也お兄様、浅子姉ちゃんがお夕飯食べてく?って」
赤い顔を見られないようにドアの方に背を向けていた拓也は、突然振られてビクッとなり、
「え!? いやあの、帰ります!お構いなく!」
背を向けたまま、慌てて答える。
「拓也お兄様…?」
そんな様子に一加は訝しむが、
「はい、そういう事で!じゃ!」
と藤井はパタンとドアを閉めた。

「………」
一度ならず二度までもな状態に、真っ赤になって情けない表情と無言の訴えで藤井を見る拓也に
「スリル満点だな」
藤井は苦笑しながらも、
「はい、もう一粒」
と、今度は軽いキスで口移し。
「んっ!」
と不意を付かれた拓也に
「ごちそうさま」
片目を瞑って飄々と挨拶をする藤井。

(何でそんな普通なの!?)
と心底抗議をしたい気もあったが、
「………どういたしまして」
と半泣きで返事をする拓也だった。


-2013.02.11 UP-
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