Rain Drops

窓の外はシトシトと雨が降っている。

人もまばらな放課後の図書室。
そこの一角、高さが窓枠の下までしかない背の低い書棚に、拓也は凭れ掛かっていた。
片手には文庫本。
しかし、本は開いているが視線はその文章を追っているのではなく、空いてるもう片方の手をその低い書棚の上について、窓の外で降り続いている静かな雨に向かれていた。

普段は陸上部やサッカー部等の賑やかな声が響くそれが今日はなく、ただ、シトシトと降る雨音が響いていた。

(落ち着く…)

拓也はそんな雨の日が好きだった。
パラパラ、と葉を弾く音。
視界を降りる銀の糸。
水溜まりに吸い込まれて広がる波紋。
そして、雨上がりの塵や埃が洗い流された澄んだ空気。

目に見える様子、耳に響く音、雨降り独特の匂い…普段、学業・家事・大分楽になったとはいえ弟の世話に追われる拓也にとって、それらは全てが優しく感じ癒し要素なのだ。

静かに、しかし降りしきる雨を暫く眺め満足した拓也は軽く息を吐き、途中になっていた文庫に再び目を戻したその時。

「榎木君」

片手をついて背を向けていた方から、可愛いらしい小さな声に名前を呼ばれた。


「はい?」
と振り向くと、そこには小柄の女子生徒が一人。
見覚えのあるその娘は、同じクラスの娘だと拓也は気付く。

「あ、あの…」

下を向いて発する言葉はたどたどしい。
俯いていて表情は見えないが、肩より少し長い髪の毛のサイドをこめかみの高さで結っている為に見える耳は、真っ赤に染まっていた。

(あ…)

拓也は、この光景に何度も遭遇している。
それは、中学に入ってからこっち幾度となく経験していた。

「えっと…あの、私…っ」

榎木君が、好きです―――

最初の頃は、驚いたり照れたりでアタフタしていた拓也も、幾度となく繰り返されたこの状況に免疫がついたというか、何というか。

「ごめんね…」

やんわりと、断る。

ビクっと肩を震わせた彼女は、グッと堪えるように自らの手を握りしめ

「誰か好きな人がいるとか…?」

と聞いて来た。

「うん。その人の事が大切だから、君の気持ちには応えられない…ごめんなさい」

誠意を持って、正直に。

「でも、気持ちを伝えるのって凄く勇気がいるし、僕を好きって思ってもらえたのは嬉しいから…ありがとう」

彼女への傷が少しでも軽くなるように、言葉を選ぶ。

「そっか…」
目尻の下がった笑顔で、彼女は拓也を見上げる。
それは、今にも泣き出しそうな笑顔。

「榎木君、お断りの仕方も優しいんだね」
しかし、それが却って
(ちょっと残酷…)
彼女は思った。

「でも、本当の気持ち教えてくれて、ありがとう」
そう言って、彼女は拓也の前から立ち去った。

冷たい言葉で突き放されるよりは傷は浅い。
けど、ありがとうなんて言われたら。
(諦めるの大変だよ、榎木君)


そんな彼女の気持ちなど知る由もなく、拓也は彼女の後ろ姿を視線だけでその場から見送っていると、彼女の友達数人が図書室のすぐ外で待っていたのだろう、彼女の肩や頭を撫でながら、歩いて行くのが見えた。
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