願うは 君の しあわせ

「今日は、実君の事かな?」
「え?」
拓也は聞き返す。
「それとも、君の事?」
その表情は、かつて宮前の事を相談した時と同じ表情だった。
拓也はそんな寛野の目を見て、
「ずっと、お礼を言いたかったんです」
と口を開いた。

あの一件の後、宮前とは一応和解したが、小学校卒業まではそんなに接する事がなくなった。

が、中学ヘ上がってから同じクラスになり、とても仲良くなった、と。
それは、寛野先生が、僕の話を聞いて一緒に整理してくれたから、先生のお陰なんです、と。

「僕は、そんな大層な事はしていないよ」
寛野は言う。
「君の、彼を嫌う気持ちより、理解しようとする気持ちが大きかったからだ。そして、その気持ちと努力の結果、彼を受け入れられたんだよ。それは、君の友達を大切に思う、それの強さだ」

「先生…」
拓也は、ずっと引っ掛かっていた、最後のわだかまりがすっと消えていくのが分かった。
表面上仲良くなったとはいえ、一度「嫌いだ」と思ってしまった事は、ずっと拓也の中で彼に対してほんの少しの罪悪感を残していた。

寛野は拓也のその表情の変化を穏やかに受け止めた。
「君ヘの授業は、これが最後かな?」
「…有難うございました」
拓也は、満面の笑みで静かに寛野にお礼を言う。

寛野はふっと微笑み
「ところで、君は今、恋愛はしているのかな?」
「えっ!?」

突然、思ってもいない事を聞かれ、拓也は動揺する。
寛野は、みるみる赤くなる拓也の顔を見て
「分かりやすいな」
と思わず吹き出した。
「先生!!」
と恥ずかしさで思わず声を荒げる。

「幸せかい?」
「…………」
尚も聞いて来る寛野に、拓也は視線を外し躊躇った後、
「はい」
と、はにかんで答える。

「安心したよ」
目を細めて寛野は拓也を見る。
「君を支えてくれる存在がいて。幸せな恋愛をしているんだね」
「…はい、とっても」
拓也は、今度はしっかりと寛野の目を見て、自信を持って肯定をした。

椅子から立ち上がり、最後に
「実の事、よろしくお願いします」
と伝えると
「実君もとてもいい子だ。流石、君の弟だね…いや、その言い方は実君に失礼か。榎木君とは違うタイプの、いい子だからね」
実君は、相応の子供らしい素直さで周りを気遣う。
君の子育ての賜物かな。
寛野はふっと笑って言う。

「先生、それは褒めてるのですか?」
拓也が困惑して聞くと
「勿論」
と答えた。



全員の面談を終え、寛野は職員室でコーヒーを飲みながら一息つく。
入学時に提出された、実の家庭調査票を片手に。

兄・拓也の所属欄には、進学高校の名前が記されていた。

(立派になったな…)
教室で拓也の制服姿を見た時も、そう思った。

時折、また悩んではいないか、涙を流してはいないかと心配をしていた。
しかし、今日再会した彼は、しっかり前を見据えていて、幸せだと言った。

実の調査票を元のファイルに戻す。
「そうじゃなかったら、迎えに行こうかと思っていたんだがな」
彼の笑顔を護る為に―――…

ほのかに抱いていた想いに自嘲しながら、コーヒーに口を付ける寛野だった。


-2013.01.30 UP-
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