願うは 君の しあわせ

拓也は懐かしい場所を訪れていた。

今朝の事である。
今日は小学1年生の実の参観日。
当然、春美が行く事になっていたが、今朝になり会社からトラブルの連絡があり、出社せざるを得なくなった。

「何でこんな日に~」
と嘆く父を見て、拓也が
「代わりに僕が行こうか?土曜日だし…僕でいいなら」
と提案すると、
「頼む」
と泣く泣く返事をされた。

実は実で
「兄ちゃんが来るの!? やったー!!」
と大喜びするものだから、
「実君…相変わらずパパより拓也がいいのね…」
と、休日出勤とのWパンチにますますへこむ春美だった。

急遽弟の参観会に出席する事になった拓也だが、実は楽しみな事があった。
それは―――

「実の担任って、寛野先生なんだよね」

数年前に正規教員採用試験にパスし、他の小学校で教員をした後、今年の春から紅南小学校に赴任してきたのだった。

実際、拓也達の小学校の卒業式に顔を出してくれた時以来に会う事になる。

(な、何か緊張する…)

高校の制服に身を包んだ拓也は、懐かしい校門を潜り、今は実の学び舎となっている校舎ヘと入って行った。


(懐かしい…)
廊下を歩きながら辺りを見渡す。
あの頃は当たり前に過ごしていた場所が、今では自分達とは違う者達の場所となっている。
それは、少し寂しいような、それでいて胸がキュンとするような、凄く不思議な感覚で…。

「兄ちゃん!」
教室に入ると、真っ先に実が飛び付いて来た。

「実君、お兄ちゃんが来たの?」
「うん!パパはお仕事になっちゃって」
ワイワイと子供達が集まって来る。
「親だと後で怒られたりするもんなー、いいなー兄ちゃんで」
と、男の子達が言うと
「兄ちゃんも怒るよ」
と実は言う。
「そうだね、ちゃんと見てるからね実」
キッと真面目な顔をして、拓也は実に発破を掛ける。
「うん!任せといて!!」
と頼もしい返事をした実の頭をポンポンと撫で、
「さ、席に着いて。僕も後ろで見てるから」
と、今度は笑顔で着席するよう促す。
その様子を見ていた女の子達は、「実君のお兄ちゃん、優しくてカッコイイー」と騒ぎ立てる。

拓也は教室の後ろの父兄達に「おはようございます」と挨拶しながら、列に混ざった。
若くて美形な拓也に、お母様達もまんざらでもなさそうだ。

ふと自分が立っている後ろのロッカーを見ると、その上に『授業後、二者面談をご希望のご父兄は、お子さんのお名前の欄に○をご記入下さい』と書かれた名簿が置かれていた。

「…………」
拓也は少し躊躇った後、実の所に○を付けた。
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