『悪魔』は信用するなかれ
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泥をかきわけるようにして眠りから覚めた私の目にまず入ったのは、知らない天井だった。人間界のとあるアニメのワンシーンのようだと思ったら可笑しくて、笑おうとした途端にズキンと頭が痛む。よく見たら知らない天井でもない。自分の部屋じゃないだけだ。
いつ眠ったのかわからないせいで昼か夜かもわからない。長いこと同じ姿勢で眠っていたようだから体勢を変えようと試みる。ぎしり、と関節が軋むような嫌な感触。次いで体中を走る悪寒と、セットのように襲う吐き気。体の動き全てが体調悪化のトリガーのよう。おそるおそる掌を顔に近づけて感じる、火照る頬との温度の差。体温計を使うまでもないなと悟ったその時だった。
「あ、起きてる」
突然、自分以外の存在が輪郭を成した事に驚く。いつの間にかベッドのそばに立っていたベルフェはどこかほっとしたような顔で私を見下ろしていた。びっくりした、足音がしなかったと伝えようとしたのに、およそ人の声とは思えない怪音しか発せない。そこで初めて喉もやられているのだとわかって、ますます具合が悪くなった気がした。
「言っとくけど風邪じゃないよ。呪いだからね、それ」
傍にあった椅子を引き寄せて座りながらベルフェがそう言うのを、どこか他人事のように聞いていた。余程間抜けな顔をしていたのか、ベルフェが大きくため息をつく。
「なんでここに寝てるか覚えてる?」
――なんで、ときたか。そう言われればいつ眠りについて、眠るまではどうしていただろうと普段の数倍鈍くなった頭で考える。たしかRADに登校するまでは元気だった。それこそ、もの足りなかったベールと一瞬余所見をしてしまったマモンとがおかずを巡って騒がしくしている間にベルフェが私の皿にそっと乗せてきた嫌いなおかずを、ルシファーの目を盗んで代わりに食べてあげるくらいには食欲があった。昼休みにD.D.Dを確認したら、ルシファーから『放課後は俺の部屋に来い。話がある』ってチャットが来ていたから多分バレているとは思うけど。
話が逸れた。ベルフェが右手をゆっくりと私のおでこあたりに伸ばす。そしてそのまま、私の頭を撫でる。ベルフェの手、ひんやりしてて気持ちいい。幾分か気持ちが穏やかになったところで急に頭の中で場面が繋がった。最近仲良くなったクラスメイトの笑顔が、脳裏にやけに歪んだ像で思い出される。
――そうだ。さっきのチャットの話じゃないけど、たしか昼休みだ。
ルシファーのチャットを確認した後、学食でも行こうかと席を立ったところにクラスメイトに呼び止められた。最近何度か話していて、課題のわからないところも教わったことがあったから、彼のことはそれなりに信頼していた。そんな彼から「今流行ってて美味しいから」とジュースをもらい、お礼を言って飲んだ。そして、その後の記憶がない。
そうか、私は彼に嫌われていたのか。
相変わらず体の向きを変える気にはなれなくて目だけでベルフェの顔を見れば、意味ありげな視線に気づいたのか口角が上がった。
「思い出した?」
頷くかなにか、肯定のアクションを取る前に「辛いならいいよ」と制された。正直今の状態だとミリ単位でも能動的な動きは辛い。汲み取ってくれたのはさすがベルフェだなと思った。
ベルフェはD.D.D.を操作して、私の目の前にその画面をもってくる。そこには先程思い出したクラスメイトの顔が写っていた。ただし写真の中の彼は私が先ほど思い出した笑顔ではなく、恐怖に引きつった表情を浮かべている。わざわざこんな写真を私に見せる理由なんて一つしかない。
「こいつ?」
首を傾げて、無邪気なふりして聞いていても、ベルフェの瞳の奥にある暗澹たる炎は隠せていない。肯定すれば彼がどうなるかはわからないでもないが、今この状況で私はどうしたって被害者だった。
頷こうとして『辛いならいいよ』の言葉を思い出し、ベルフェに肯定を目で訴える。どうにか伝わったようで、ベルフェはクスクスと笑いながらどこかに電話をかけはじめた。
「もしもしベール? うん、やっぱりそうだったよ。え? マモンが? 別にいいんじゃない。そいつが悪いんだし……じゃあまた後で」
電話相手はベールだったようだ。内容を詳しく聞かずとも、明日からクラスメイトが一人減っているだろうというのはなんとなく分かった。悪魔を簡単に信用してはいけない。そんなの、ここにきたばかりの頃に口酸っぱく言われていたはず。それなのに、こうしてみんなに迷惑をかけて――
「よいしょ」
思考が負のループに陥りかけたけど、それは阻止された。私の横に並んで布団に入ったベルフェに驚いて、そちらに脳のリソースが割かれたからだ。
「ふふっ」
かわいい笑い声が聞こえた。優しく抱き寄せられても呪いに侵された体は軋む。けれどベルフェが私の胸の上を撫でながら耳元で優しく癒しの呪文を唱えてくれるから、軋む身体がだんだんと楽になっていった。
「ベル、フェ」
まだ完全とは言い難いけれど、ようやく声らしい声が出たことにひどく安堵する。さっきまで眠っていたのに、どっと疲れが出てきてまた眠くなってきた。
「あんたはぼくたちのことだけ信用すればいい」
背中に優しく回されていた腕に力が籠って抱き寄せられ、ベルフェと密着する。正直恥ずかしかったけど、嬉しそうなベルフェを見たら離れて欲しいなんて言えない。ドキドキしたまま動けないでいると、ベルフェが大きく欠伸をした。
「ふぁ……どうせまだみんな帰ってこないし、一緒に寝よっか」
ベルフェがおやすみ、と呟いて私の額にキスをした。目蓋が落ちる。意識も落ちる。
そういえば、呪いを解いてくれたお礼を言ってなかった気がする。きっと起きてもベルフェはそばにいるだろうし、起きたら一番に言おう。そう決めて、私は大人しく二度目の眠りについたのだった。
いつ眠ったのかわからないせいで昼か夜かもわからない。長いこと同じ姿勢で眠っていたようだから体勢を変えようと試みる。ぎしり、と関節が軋むような嫌な感触。次いで体中を走る悪寒と、セットのように襲う吐き気。体の動き全てが体調悪化のトリガーのよう。おそるおそる掌を顔に近づけて感じる、火照る頬との温度の差。体温計を使うまでもないなと悟ったその時だった。
「あ、起きてる」
突然、自分以外の存在が輪郭を成した事に驚く。いつの間にかベッドのそばに立っていたベルフェはどこかほっとしたような顔で私を見下ろしていた。びっくりした、足音がしなかったと伝えようとしたのに、およそ人の声とは思えない怪音しか発せない。そこで初めて喉もやられているのだとわかって、ますます具合が悪くなった気がした。
「言っとくけど風邪じゃないよ。呪いだからね、それ」
傍にあった椅子を引き寄せて座りながらベルフェがそう言うのを、どこか他人事のように聞いていた。余程間抜けな顔をしていたのか、ベルフェが大きくため息をつく。
「なんでここに寝てるか覚えてる?」
――なんで、ときたか。そう言われればいつ眠りについて、眠るまではどうしていただろうと普段の数倍鈍くなった頭で考える。たしかRADに登校するまでは元気だった。それこそ、もの足りなかったベールと一瞬余所見をしてしまったマモンとがおかずを巡って騒がしくしている間にベルフェが私の皿にそっと乗せてきた嫌いなおかずを、ルシファーの目を盗んで代わりに食べてあげるくらいには食欲があった。昼休みにD.D.Dを確認したら、ルシファーから『放課後は俺の部屋に来い。話がある』ってチャットが来ていたから多分バレているとは思うけど。
話が逸れた。ベルフェが右手をゆっくりと私のおでこあたりに伸ばす。そしてそのまま、私の頭を撫でる。ベルフェの手、ひんやりしてて気持ちいい。幾分か気持ちが穏やかになったところで急に頭の中で場面が繋がった。最近仲良くなったクラスメイトの笑顔が、脳裏にやけに歪んだ像で思い出される。
――そうだ。さっきのチャットの話じゃないけど、たしか昼休みだ。
ルシファーのチャットを確認した後、学食でも行こうかと席を立ったところにクラスメイトに呼び止められた。最近何度か話していて、課題のわからないところも教わったことがあったから、彼のことはそれなりに信頼していた。そんな彼から「今流行ってて美味しいから」とジュースをもらい、お礼を言って飲んだ。そして、その後の記憶がない。
そうか、私は彼に嫌われていたのか。
相変わらず体の向きを変える気にはなれなくて目だけでベルフェの顔を見れば、意味ありげな視線に気づいたのか口角が上がった。
「思い出した?」
頷くかなにか、肯定のアクションを取る前に「辛いならいいよ」と制された。正直今の状態だとミリ単位でも能動的な動きは辛い。汲み取ってくれたのはさすがベルフェだなと思った。
ベルフェはD.D.D.を操作して、私の目の前にその画面をもってくる。そこには先程思い出したクラスメイトの顔が写っていた。ただし写真の中の彼は私が先ほど思い出した笑顔ではなく、恐怖に引きつった表情を浮かべている。わざわざこんな写真を私に見せる理由なんて一つしかない。
「こいつ?」
首を傾げて、無邪気なふりして聞いていても、ベルフェの瞳の奥にある暗澹たる炎は隠せていない。肯定すれば彼がどうなるかはわからないでもないが、今この状況で私はどうしたって被害者だった。
頷こうとして『辛いならいいよ』の言葉を思い出し、ベルフェに肯定を目で訴える。どうにか伝わったようで、ベルフェはクスクスと笑いながらどこかに電話をかけはじめた。
「もしもしベール? うん、やっぱりそうだったよ。え? マモンが? 別にいいんじゃない。そいつが悪いんだし……じゃあまた後で」
電話相手はベールだったようだ。内容を詳しく聞かずとも、明日からクラスメイトが一人減っているだろうというのはなんとなく分かった。悪魔を簡単に信用してはいけない。そんなの、ここにきたばかりの頃に口酸っぱく言われていたはず。それなのに、こうしてみんなに迷惑をかけて――
「よいしょ」
思考が負のループに陥りかけたけど、それは阻止された。私の横に並んで布団に入ったベルフェに驚いて、そちらに脳のリソースが割かれたからだ。
「ふふっ」
かわいい笑い声が聞こえた。優しく抱き寄せられても呪いに侵された体は軋む。けれどベルフェが私の胸の上を撫でながら耳元で優しく癒しの呪文を唱えてくれるから、軋む身体がだんだんと楽になっていった。
「ベル、フェ」
まだ完全とは言い難いけれど、ようやく声らしい声が出たことにひどく安堵する。さっきまで眠っていたのに、どっと疲れが出てきてまた眠くなってきた。
「あんたはぼくたちのことだけ信用すればいい」
背中に優しく回されていた腕に力が籠って抱き寄せられ、ベルフェと密着する。正直恥ずかしかったけど、嬉しそうなベルフェを見たら離れて欲しいなんて言えない。ドキドキしたまま動けないでいると、ベルフェが大きく欠伸をした。
「ふぁ……どうせまだみんな帰ってこないし、一緒に寝よっか」
ベルフェがおやすみ、と呟いて私の額にキスをした。目蓋が落ちる。意識も落ちる。
そういえば、呪いを解いてくれたお礼を言ってなかった気がする。きっと起きてもベルフェはそばにいるだろうし、起きたら一番に言おう。そう決めて、私は大人しく二度目の眠りについたのだった。
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