のべるばーまとめ
ざばざばと音を立てて、黄色いお下げ頭の少女が砂浜と波の間を駆けている。セロンは青く長い髪を風に遊ばせつつ、見るともなしにそれを眺めていた。
「ねえセロン! あなたもこっちに来たらどう?」
「行かない」少女の誘いをきっぱり断って、その場に腰を下ろした。かたわらには少女が脱ぎ捨てた靴が転がっている。「走り回るだけのなにが楽しいのか、僕にはさっぱり分からない」
「あら、ただ無闇に遊んでるわけじゃないわ」
ふふんと胸を張って、彼女は波に手を突っ込んだ。なにかを探るようにしばらく動かしたかと思うと、やがて目当ての物を見つけたのか、堂々と腕をこちらに伸ばしてきた。
「ほら見て、きれいな貝殻! ミルク色をしているのに、光に当てると虹色が浮かび上がるのよ。とっても綺麗だわ」
「どうせなら食べられるものを見つけなよ。『お腹空いたわ! そうだ、近くに海があるそうだし、食材を探しに行きましょう!』って言ったの君だろ」
「そうだったかしら。まあいいじゃない、楽しいもの!」
あっけらかんと笑って、少女はまた波打ち際を走り回る。そうやって体力を消耗すればするほど腹も減る、と気づかないほど愚かではないはずだが。半ば無理やり旅に連れ回されるようになってから一年近く経つが、いまだに彼女のことがよく分からない。
海岸には貝殻のほかに、海藻なども流れ着く。少女はぬめぬめとした手触りのそれを掴んでは、「あげるわ!」とセロンに押しつけて戻っていく。あげる、と言われても、乾いていないものを鞄には入れられない。とりあえず少女の靴の隣に並べておいた。
「そういえばずっと気になっていたんだけれど」
「なに」
「時間帯によって、海の高さが変わるのはどうしてかしら?」
ほらあそこ、と彼女は近くにあった岸壁を指さす。
「いま波が当たっているところの上にも、水のあとが残っているでしょう。少し前まではあの高さまで海が来ていたということよね。不思議だわ。海の水が減ってしまったのかしら」
「そうなんじゃない?」
「でもまた同じ高さに戻ったり、さらに高くなったりするのよ。どうしてかしら」
「ていうかなんで僕に聞こうとするのさ」
「だってあなたとっても長生きだもの」
指摘された通り、セロンはおよそ二百年の月日を生きている。だからといって物知りなわけではないから、彼女の疑問全てには答えられない。海の高さが変わるなんて、気にしたことが無いからだ。
一通り遊んで満足したのか、少女はほくほくとした笑顔でセロンの隣に座る。華奢な白い脚は水と砂にまみれ、肌のあちこちに残る獣の爪痕を隠していた。
「あっ、もしかしてこういうことかしら。きっとこの海の向こうに、水面を引っ張っている誰かがいるのよ。だから今は海が低いんだわ!」
名案だとでも言いたげに、瑠璃色の大きな瞳を輝かせてセロンを見つめてくる。その顔を手のひらでぐいっと押しのけて、大げさにため息をついてやった。
「その誰かって誰なんだよ」
「さあ、分からないわ。誰かは誰かよ」
「答えになってない……」
「じゃあ今から確認しに行くって言うのはどう?」
「は?」とセロンが戸惑う間に、少女は勢いよく立ち上がる。「ちょ、ちょっと待って。確認しに行くって、海の向こうまで? 今から?」
「そう言ったわよ? 海を引っ張り続けるのも大変でしょうし、力尽きたらいなくなっちゃうかも。急ぎましょう! だからセロン、鳥の姿になって!」
セロンの真の姿は〝不死鳥〟と呼ばれる巨大な鳥だ。少女はもとの姿に戻ったセロンの背に乗り、海の向こうまで飛んでいこうとしているのだろう。
「無茶言うな! こんなところであの姿になったら騒ぎになる! ていうか食事はどうするつもり」
「気にせずに素知らぬ顔をしていればいいのよ! ご飯ならあなたに乗りながらその海藻を食べれば済むわ」
お願い早く、嫌だ断る、と攻防は続いたけれど、最終的にこちらが折れた。いつものことだ。周囲に人がいない隙を見計らい、さっと鳥の姿をとる。
子どものようにはしゃぐ少女を背に乗せ、セロンは砂浜から飛び立った。
「ねえセロン! あなたもこっちに来たらどう?」
「行かない」少女の誘いをきっぱり断って、その場に腰を下ろした。かたわらには少女が脱ぎ捨てた靴が転がっている。「走り回るだけのなにが楽しいのか、僕にはさっぱり分からない」
「あら、ただ無闇に遊んでるわけじゃないわ」
ふふんと胸を張って、彼女は波に手を突っ込んだ。なにかを探るようにしばらく動かしたかと思うと、やがて目当ての物を見つけたのか、堂々と腕をこちらに伸ばしてきた。
「ほら見て、きれいな貝殻! ミルク色をしているのに、光に当てると虹色が浮かび上がるのよ。とっても綺麗だわ」
「どうせなら食べられるものを見つけなよ。『お腹空いたわ! そうだ、近くに海があるそうだし、食材を探しに行きましょう!』って言ったの君だろ」
「そうだったかしら。まあいいじゃない、楽しいもの!」
あっけらかんと笑って、少女はまた波打ち際を走り回る。そうやって体力を消耗すればするほど腹も減る、と気づかないほど愚かではないはずだが。半ば無理やり旅に連れ回されるようになってから一年近く経つが、いまだに彼女のことがよく分からない。
海岸には貝殻のほかに、海藻なども流れ着く。少女はぬめぬめとした手触りのそれを掴んでは、「あげるわ!」とセロンに押しつけて戻っていく。あげる、と言われても、乾いていないものを鞄には入れられない。とりあえず少女の靴の隣に並べておいた。
「そういえばずっと気になっていたんだけれど」
「なに」
「時間帯によって、海の高さが変わるのはどうしてかしら?」
ほらあそこ、と彼女は近くにあった岸壁を指さす。
「いま波が当たっているところの上にも、水のあとが残っているでしょう。少し前まではあの高さまで海が来ていたということよね。不思議だわ。海の水が減ってしまったのかしら」
「そうなんじゃない?」
「でもまた同じ高さに戻ったり、さらに高くなったりするのよ。どうしてかしら」
「ていうかなんで僕に聞こうとするのさ」
「だってあなたとっても長生きだもの」
指摘された通り、セロンはおよそ二百年の月日を生きている。だからといって物知りなわけではないから、彼女の疑問全てには答えられない。海の高さが変わるなんて、気にしたことが無いからだ。
一通り遊んで満足したのか、少女はほくほくとした笑顔でセロンの隣に座る。華奢な白い脚は水と砂にまみれ、肌のあちこちに残る獣の爪痕を隠していた。
「あっ、もしかしてこういうことかしら。きっとこの海の向こうに、水面を引っ張っている誰かがいるのよ。だから今は海が低いんだわ!」
名案だとでも言いたげに、瑠璃色の大きな瞳を輝かせてセロンを見つめてくる。その顔を手のひらでぐいっと押しのけて、大げさにため息をついてやった。
「その誰かって誰なんだよ」
「さあ、分からないわ。誰かは誰かよ」
「答えになってない……」
「じゃあ今から確認しに行くって言うのはどう?」
「は?」とセロンが戸惑う間に、少女は勢いよく立ち上がる。「ちょ、ちょっと待って。確認しに行くって、海の向こうまで? 今から?」
「そう言ったわよ? 海を引っ張り続けるのも大変でしょうし、力尽きたらいなくなっちゃうかも。急ぎましょう! だからセロン、鳥の姿になって!」
セロンの真の姿は〝不死鳥〟と呼ばれる巨大な鳥だ。少女はもとの姿に戻ったセロンの背に乗り、海の向こうまで飛んでいこうとしているのだろう。
「無茶言うな! こんなところであの姿になったら騒ぎになる! ていうか食事はどうするつもり」
「気にせずに素知らぬ顔をしていればいいのよ! ご飯ならあなたに乗りながらその海藻を食べれば済むわ」
お願い早く、嫌だ断る、と攻防は続いたけれど、最終的にこちらが折れた。いつものことだ。周囲に人がいない隙を見計らい、さっと鳥の姿をとる。
子どものようにはしゃぐ少女を背に乗せ、セロンは砂浜から飛び立った。