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のべるばーまとめ

 物置を整理していると、懐かしいものが出てきた。おぉ、とシェダルは瑠璃色の小さな瞳を輝かせて振り返る。
「ねえねえ見てよ! これ僕だ! うわあ懐かしい」
「ええ?」と眉を寄せたのは、箒を手にしていた恋人だ。彼女は小麦色の髪の下に不思議そうな表情を浮かべている。「なにそれ?」
 シェダルが抱えているのは、自身の胸幅ほどの広さがある大きな木の板だ。ざらざらとした手触りの表面に、様々な種類の木の実が貼り付けてあった。
 懐かしいと連呼するシェダルに対して、恋人はなにがなんだか分からないと首を傾げる。離れた場所から見れば分かりやすいかも知れない。少し下がった場所から観察するよう促して数秒後、ようやく正体に気づいたようだ。
「人の顔っぽく見えるけど」
「そう! そうなんだ!」
「で、『これ僕だ』って言ったってことは、あなたの似顔絵ってことかな」
「大正解だよ! 十歳の誕生日の時だったかな。妹が作ってくれたんだ。ずっと大事にしてたんだけど、父親がどこかにしまったきり忘れちゃって」
 壊されたり失くされたわけではないからと、いつしか存在そのものを忘れてしまっていた。物置の片隅で布を被り、およそ十年間、陽の光を浴びていなかっただろう。すぐさま明るいところで見たそれは、少しだけ劣化して欠けた箇所もあるものの、ほとんど当時と変わっていない。
 使われているのはすべて庭で取れた木の実だ。特に多いのがどんぐりで、顔の輪郭や目など、ありとあらゆる場所に用いられている。
「どんぐりってあんまり美味しくないんだよね」
 一通り観察したあと、恋人はため息混じりにそう言った。
「食べたことあるの?」
「あるよ。何回も。幻獣討伐の依頼が来るたびにあちこち出歩くけど、毎回宿に泊まって美味しいご飯を食べられるわけじゃない。あなたも知ってるでしょ」
「あー、うん。そうだね、野宿とか何回もしたもんね。近くの川で魚取ったりとか、うさぎ捕まえたりとか」
 魚やうさぎも取れない時は、森で見つけた適当な木の実で腹を満たしていた。シェダル自身も何度か経験がある。
 だがどんぐりは食べた覚えがない。どんな味がするのかと訊ねてみたが、彼女はべーっと舌を出して顔をしかめている。
「私はあまり好きじゃない味だった。渋いし、固いし」
「そうなんだ。リスとか冬の前にたくさん頬に溜め込んでるから、てっきり美味しいのかと」
「リスにとっての〝美味しい〟と、あなたにとっての〝美味しい〟は違うけど」と彼女はおかしそうに頬を緩めた。「今度茹でてあげようか?」
「え、じゃあお願いしようかな」
 味はよろしくないようだが、なにごとも経験だ。まずいものを改めてまずいと知るのも良い勉強になる。好奇心旺盛な妹に声をかけるのもいいだろう。頬張った直後に笑顔で「まずいわね!」と言い放つのが予想できた。
 楽しみだなあと似顔絵を見ながら目を細めて、ふと気づいた。
 どんぐりの一つに小さな穴が開いている。
 よく観察してみると、一つだけではない。他にもちらほらと似たような状態になっていた。
「おかしいな。穴なんて開いてなかったはずだけど」
「穴? ……もしかしてそれ、取ってきたそのままを使ったの?」
「うん、多分。なんで?」
 明らかに恋人が顔を歪めている。なにかおかしなことでも言っただろうか、とシェダルは唇をきゅっと引き結んだ。
 やがて彼女は「虫だよ」とげんなりした様子で続ける。
「どんぐりの中ってたまに虫が入っててさ。ちゃんと処理しないで置いておくと、大きくなったやつが外に出てくる」
「……もしかしてこの穴って」
「虫が中にいた証拠だね」
 そういえば妹がこれを作ってしばらくした頃、家のあちこちで虫を見かけたような。まさかどんぐりが発生源だとは思いもしなかった。
 食べようと思っていたけれど、拾う前に穴が開いていないか、ひび割れていないか確認しなければ。でなければ虫入りどんぐりを口にする羽目になる。
 よくよく気をつけます、とシェダルは肩を落としつつうなずいた。
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