のべるばーまとめ
「ちょっと、これどう思う?」
柘榴の仕事部屋兼寝室の扉を開けるなり、従弟が不満そうに問いかけてきた。
なにごとかと振り向くと、彼は手になにか持っている。
「紙飛行機?」と柘榴は椅子に腰かけたまま訊ねた。「しーちゃんが作ったの?」
「違うよ。学校で渡されたっていうか、ぶつけられたっていうか」
ぶつけられたとはどういうことか。首を傾げていると、彼は細長いそれをいそいそと開く。
「どうもこれ、中身ラブレターみたいで」
「詳しく聞かせてもらえるかな」
食い気味じゃん、と従弟は呆れたような色を瞳に浮かべた。
面白そうなものを見たいと思うのは当然だろう。柘榴はにこにこと笑みで応えるにとどめ、広げられた紙飛行機を覗いた。
使われたのはB5サイズの便せんらしい。パステルカラーの淡い紫色をした地に、色とりどりの和菓子が散りばめられている。なんとも可愛らしい絵柄だ。
字はどことなく頼りない。線がぶれているからだろう。
「緊張して震えちゃったのかな」
ラブレターをしたためるくらいなのだから、よほど従弟を好きに違いない。顔も名前も知らない差出人を思って、つい頬が緩む。
文章自体に突飛なところはなかった。「クラスは違うけど、通りすがりに一目ぼれしました」とか、「休み時間には、君を見るためだけに用事もないのにそっちのクラスを覗いていました」とか、じゃっかんストーカーじみた行為の欠片はあるが、ごく普通の告白が綴られている。
だがよく見ると、差出人の名前が無い。書き忘れてしまったのか。
「ぶつけられたって言ったよね。どこで?」
「廊下歩いてる時に、後ろからこつんって」
直接渡すのは恥ずかしかったのだろう。秘密の手紙をこっそり渡す際の定番と言えば下駄箱だろうが、その発想も無かったと見える。結果、紙飛行機の形にして、文字通り想いをぶつけたのか。
昼休みに当てられたと従弟は言う。その時間なら多くの生徒が行きかっているだろうし、人混みに紛れてさっと教室に戻れば、顔を見られずに済むはずだ。
「それにしても、ずいぶん綺麗に折ってあるね」
文章と違って、紙飛行機を形作る線に迷いはない。ぴしっと整えられ、試しに元の形に戻して放ってみれば、すうっと一直線に飛んだ。「真っすぐな恋心を必ず届けてみせる」という願いがこもっているかのようだ。
柘榴は机にあった適当な紙をたぐり寄せ、自分でも作ってみた。使用した紙の大きさによる違いもあるけれど、従弟が受け取ったものに比べると遥かに飛距離が短い。なんとなく悔しくて苦笑がこぼれる。
「しーちゃんは差出人が誰か分かってるの?」
あえなく墜落した紙飛行機を丸めながら聞くと、従弟は相変わらず不満そうにこっくりうなずいた。
「あの子かなって予想はついてるよ。休み時間にわざわざ覗きに来るなんて、顔を覚えてくださいって言ってるようなものだし」
「僕に似て記憶力いいもんねぇ。で、告白は受けるの?」
「受けない」と従弟はきっぱり言い放つ。「絶対に受けない」
「なんで?」
「だってその子、ボクのこと女の子だと思ってるんだよ!」
予想外の答えに、柘榴は「あー」と間抜けな返事しか出来なかった。
従弟は今年の四月に高校生になったばかりで、身長は周囲に比べるとやや低く、顔つきにもまだまだ幼さが残る。くるりとした瞳は大きいし、性別を間違われるのも無理はなかった。
とはいえ制服で見分けがつきそうなものだけれど、彼が通う高校は女子でもスラックスの着用が認められている。従弟もその一人と思われていたらしい。
「改めて読み返してみると、うん、そうだね。完全に誤解してる部分とかあるね」
「でしょ! ボクが可愛いのは当然だけど、でも女の子だって思われたいわけじゃないし! もう、信じられない!」
一通り吐き出して満足したのか、ダンス教室に行くと言い残して従弟は出て行く。小柄な体に似合わない、どすどすとした足音からは怒りの残り火が感じられた。
柘榴は紙飛行機型のラブレターをもう一度投げてみる。告白が断られた影響か、先ほどまでの飛びっぷりが嘘のように、それは先端からぐしゃりと落下した。
柘榴の仕事部屋兼寝室の扉を開けるなり、従弟が不満そうに問いかけてきた。
なにごとかと振り向くと、彼は手になにか持っている。
「紙飛行機?」と柘榴は椅子に腰かけたまま訊ねた。「しーちゃんが作ったの?」
「違うよ。学校で渡されたっていうか、ぶつけられたっていうか」
ぶつけられたとはどういうことか。首を傾げていると、彼は細長いそれをいそいそと開く。
「どうもこれ、中身ラブレターみたいで」
「詳しく聞かせてもらえるかな」
食い気味じゃん、と従弟は呆れたような色を瞳に浮かべた。
面白そうなものを見たいと思うのは当然だろう。柘榴はにこにこと笑みで応えるにとどめ、広げられた紙飛行機を覗いた。
使われたのはB5サイズの便せんらしい。パステルカラーの淡い紫色をした地に、色とりどりの和菓子が散りばめられている。なんとも可愛らしい絵柄だ。
字はどことなく頼りない。線がぶれているからだろう。
「緊張して震えちゃったのかな」
ラブレターをしたためるくらいなのだから、よほど従弟を好きに違いない。顔も名前も知らない差出人を思って、つい頬が緩む。
文章自体に突飛なところはなかった。「クラスは違うけど、通りすがりに一目ぼれしました」とか、「休み時間には、君を見るためだけに用事もないのにそっちのクラスを覗いていました」とか、じゃっかんストーカーじみた行為の欠片はあるが、ごく普通の告白が綴られている。
だがよく見ると、差出人の名前が無い。書き忘れてしまったのか。
「ぶつけられたって言ったよね。どこで?」
「廊下歩いてる時に、後ろからこつんって」
直接渡すのは恥ずかしかったのだろう。秘密の手紙をこっそり渡す際の定番と言えば下駄箱だろうが、その発想も無かったと見える。結果、紙飛行機の形にして、文字通り想いをぶつけたのか。
昼休みに当てられたと従弟は言う。その時間なら多くの生徒が行きかっているだろうし、人混みに紛れてさっと教室に戻れば、顔を見られずに済むはずだ。
「それにしても、ずいぶん綺麗に折ってあるね」
文章と違って、紙飛行機を形作る線に迷いはない。ぴしっと整えられ、試しに元の形に戻して放ってみれば、すうっと一直線に飛んだ。「真っすぐな恋心を必ず届けてみせる」という願いがこもっているかのようだ。
柘榴は机にあった適当な紙をたぐり寄せ、自分でも作ってみた。使用した紙の大きさによる違いもあるけれど、従弟が受け取ったものに比べると遥かに飛距離が短い。なんとなく悔しくて苦笑がこぼれる。
「しーちゃんは差出人が誰か分かってるの?」
あえなく墜落した紙飛行機を丸めながら聞くと、従弟は相変わらず不満そうにこっくりうなずいた。
「あの子かなって予想はついてるよ。休み時間にわざわざ覗きに来るなんて、顔を覚えてくださいって言ってるようなものだし」
「僕に似て記憶力いいもんねぇ。で、告白は受けるの?」
「受けない」と従弟はきっぱり言い放つ。「絶対に受けない」
「なんで?」
「だってその子、ボクのこと女の子だと思ってるんだよ!」
予想外の答えに、柘榴は「あー」と間抜けな返事しか出来なかった。
従弟は今年の四月に高校生になったばかりで、身長は周囲に比べるとやや低く、顔つきにもまだまだ幼さが残る。くるりとした瞳は大きいし、性別を間違われるのも無理はなかった。
とはいえ制服で見分けがつきそうなものだけれど、彼が通う高校は女子でもスラックスの着用が認められている。従弟もその一人と思われていたらしい。
「改めて読み返してみると、うん、そうだね。完全に誤解してる部分とかあるね」
「でしょ! ボクが可愛いのは当然だけど、でも女の子だって思われたいわけじゃないし! もう、信じられない!」
一通り吐き出して満足したのか、ダンス教室に行くと言い残して従弟は出て行く。小柄な体に似合わない、どすどすとした足音からは怒りの残り火が感じられた。
柘榴は紙飛行機型のラブレターをもう一度投げてみる。告白が断られた影響か、先ほどまでの飛びっぷりが嘘のように、それは先端からぐしゃりと落下した。