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のべるばーまとめ

 地域学習をしなくてはならないという妹を連れて、壮悟は町の図書館に訪れていた。
 なんでも「地元に伝わる昔話や民話を調べて、面白そうと思ったものの感想を書きましょう」という宿題を出されたらしい。
「お兄ちゃんも六年生ん時に同じような宿題やったん?」
 訊ねられて振りかえってみるが、自身が小学生だった四年前には無かったような気がする。地域学習自体はあったが、地名の由来とか、ゆかりのある武将を探してみましょうとか、そういった類の課題だった。
「武将誰やったかな、本田忠勝やったかな……」
「そんなん聞いてへんわ。なんや、使えへんな」
「なんやねん、その口の利き方」
「おんなじ宿題したんやったら、写させてもらおと思たのに」
「ガッツリずるしようとしとんな。つーか俺ん時と担任同じなんやろ。丸写ししたら普通にバレるで」
 えー、と妹は不満そうに唇を尖らせる。それを無視して、壮悟は地元の資料が置かれているエリアを見つけ出して向かった。
 ここなら目当ての本があるに違いない。予想通り、本棚には子ども向けから高学年向けまで、様々な種類の昔話が並んでいる。妹が適当な本を引っぱり出す隣で、壮悟も目についたものをパラパラとめくった。
「なんなん、手伝うてくれるん」
「さっさとお前の付き添い終わらせて帰りたいだけや。俺かて暇と違うねんからな。勉強せなあかんのやし」
「やかましいわ。なにが勉強や。ゲームばっかしとるから連れ出したったんやろ。感謝してほしいわ」
「はあ?」と声を上げかけて、寸前で抑える。ここは図書館だ。うるさくしてはいけない。ため息をついて言葉を飲みこむと、妹が「あっ」とおかしそうに笑った。
 見てこれ、と目の前に広げられたのは、「爺婆かぼちゃ」なるページだ。やけに大きなかぼちゃと、美しい娘の絵が昔ながらのタッチで描かれている。
「これがどうしたん」
「なんか桃太郎の逆バージョンみたいでおもろいで」
 どういうことかと読み進めてみる。「おじいさんとおばあさんが欲しい」と願う娘が鬼を助け、礼としてもらった小づちでかぼちゃを叩けば、中からおじいさんとおばあさんが現れたという話のようだ。
 子どもが欲しいと願う昔話はよく見かけるけれど、このパターンは初めて読む。小づちと言えば一寸法師が思い浮かぶし、様々な伝承をミックスさせたような印象があった。
 妹はくすくすと肩を揺らしている。なにがそんなに面白いのかと首を傾げる壮悟に、彼女は冒頭の一文を指さした。
「だっておかしない? 『おじいさんとおばあさんが欲しい』て思てんねんで。一人で暮らしとんのやったら、『お父さんとお母さんが欲しい』と思うんが普通と違うの」
「……言われてみれば?」
 娘は一人暮らしで寂しいのだろう。恐らく、この先も一緒に暮らせる家族を望んでいるはずだ。ならば生い先の短いおじいさんやおばあさんより、両親を願うべきではないだろうか。
 さらに娘は、描写から察するに特別裕福というわけでもない。かぼちゃから現れたおじいさんとおばあさんも同様だ。百姓の暮らしは楽ではないはずだし、食い扶持が増えたことで生活に負担が生じたりしないのか。
「小づちあるんやし、かぼちゃ叩いたらお金とかわんさか出てくるやろ」
「そこもおかしないか?」妹の指摘に、壮悟は本を覗きこんだ。「なんでかぼちゃ限定なんや。大根とかスイカとか、他の野菜やったらどうなんねん」
 一度抱いた疑問は簡単に消えない。壮悟は片っ端から本を確認してみたが、マイナーな話らしく、そもそも書いていないか、書いてあっても最初に見たのと似たような描写ばかりだ。
 なぜ祖父母なのか、なぜかぼちゃ限定なのか。考えれば考えるほど疑問が湧くのに、答えだけがいっこうに見つからない。
「昔話にそこまでムキになるんもどうなん?」
 至極まっとうな妹の意見は耳に届かないまま、壮悟はしばらく本に目を落としたまま唸り続けていた。
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