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のべるばーまとめ

 ジャージ姿でストレッチをする後輩を見て、ふと思い出したことがあった。
「なあ、まだ学校の屋上って立ち入り禁止のままなん?」
 青士の問いに、彼は「なんだいきなり」と眉間をしかめる。記憶をたどるようにわずかに顎を上げると、フローリングの床に胸をつけつつ返答をくれた。
「入ろうと思ったことないから、知らない」
「えー、つまらへん」
「はあ?」
「一回くらいはあらへんの? お友だちとご飯食べるとか、校庭に居る子に思いの丈を叫ぶとか。そういうの屋上でやってみたーいとか思たことないん?」
「そんなの漫画とかテレビの中だけだろ」
 どこか拗ねた表情で、後輩は視線をそらしてしまう。そういえば彼は友だちを作るのがド下手なのだった。つまり青士が言ったような発想は、抱いていたとしても実現させるのが難しい。
 けらけらと笑いながら、青士もストレッチを続けた。脚を広げて前屈しようとするも、ぎぎ、と骨が軋んでうまくいかない。後輩の柔軟さが少しだけ羨ましい。
「『まだ』ってことは、あんたが学生だった頃から立ち入り禁止なんだろ」
「そやね。僕が入学した頃だけやなくて、二個上の先輩の時代からもあかんかったみたいやから、具体的にいつから入られへんのかは知らんけど」
 なぜ入れないのかと好奇心が湧いて、友人とともに屋上に行こうとしたことはある。だがそこに至るまでの階段自体を上れなかった。使わなくなった、あるいは使えなくなった備品が山ほど積まれ、半ば物置と化していたからだ。
 それなら先生たちに聞いてみようと声をかけたけれど、担任や顧問など、誰も屋上に入ってはいけない理由を知らないか、答えを濁される。最終的に教えてくれたのは、どこかの部活の先輩だった気がする。
「そこまでして知ろうとするあんたの熱意はなんなんだ。危ないからとか、単純な理由かもしれないのに」
「だって気になってんもーん」
「可愛い子ぶるな。で? 結局、立ち入り禁止の理由は?」
「呪われるんやって」と青士は意図的に声を低くした。「昔にいじめられっ子があそこから落ちた、ていうか落とされたらしいねん。当然その子は死にたぁないから抵抗するやん。柵掴んでなんとか耐えとったんやけど、いじめっ子に指んとこカッターでざくざく切られて、手ぇ放してもうて、そのまま下にどしゃって」
 屋上には今も死んだ生徒の霊が残っていて、最期の瞬間を永遠にくり返している。迂闊に足を踏み入れると、自分を殺したいじめっ子に間違われて呪われてしまうそうだ。
 場面を想像したのか、後輩の顔がさっと青ざめる。なにかと本気にしやすい彼のことだ、今の話も実際にあったこととして受け取っているだろう。
 素直な反応に満足して、青士はにぱっと笑ってみせた。
「どこまで本当かは知らんで。丸きり嘘かも知れへんし、全部ほんまかも。というわけで、行ってみて」
「今の話聞いて誰が『よしじゃあ行ってみる』ってなるんだよ! 絶対に行かないからな!」
「楽しそうだな」
 頭上から声が降ってくる。視線を向けると、眼鏡の男と目が合った。もう一人の後輩だ。目の前の後輩からすれば先輩で、彼は「お疲れさまです」と会釈する。
「あー、ちょうどええとこに。ちょっと後ろ押してくれへん? 全然体が前にいかんくて」
「分かった」気安くうなずき、彼は背中を押しながら訊ねてきた。「ところで、なんの話してたんだ」
 青士は先ほどまでの話を眼鏡の後輩にも教えてやった。こちらは例の噂を知っていたようで、懐かしそうに小さくうなずく。
「けどまあ、こういうのって大体先輩とかの作り話やん。やからほんまに幽霊居るんかどうか行ってみたらって勧めたとこで」
「いや、やめた方がいい。供養されていないなら、今もきっといる」
 彼の一言に、青士と後輩の動きが固まった。
「何度か屋上から落ちていく人影を見たことがある。呪われるかどうかは知らないが、少なくとも人が死んだのは嘘ではない。面白半分で行くのはだめだ」
「…………」
 眼鏡の彼は不器用なほど生真面目だ。嘘をつける性格でもない。
 絶対に入るもんか、と後輩が震えながら固く誓う声が聞こえた。
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