このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

のべるばーまとめ

 無数の提灯の中で灯が揺れる。ほの明るいそれに照らされているのは、道の両端にずらりと並んだ数多の露店だ。常吉は顔の上部を覆う狐面の奥で目を細め、ふんふんと鼻歌まじりに歩みを進めた。
 新月の夜に限って行われる特別な市場には、大勢の人々が訪れている。誰もが素性を隠す仮面を身につけ、堂々と、あるいは密やかに商品を求めていた。
 ――さて、俺の目的地は……今日はあそこか。
 店はいつも同じ場所に構えているわけではない。開催日の前に出店場所を決めるくじが行われるらしく、毎回違うところにあるのだ。常吉がよく足を運ぶ露店は、右の列の一番奥にひっそりと位置していた。
「よ、旦那」
 常吉はひょいと店の前に立ち、丸太の椅子に腰かけていた店主に声をかけた。彼はこちらに気づき、煙管を片手に「久しぶり」と嗄れ声で応じる。
「久しぶりだなァ。元気にしてたか」
「そっちこそ。どう? 今日の商売は」
「あんまりだねェ」
 店主はやれやれと言いたげに肩をすくめた。店が端に位置しているぶん、他よりも提灯の明かりが届きにくいのだろう。薄暗さが漂っているからか、前回に比べると売り上げが悪いらしい。
 常吉が狐面を被っているように、店主は狸を模したそれで顔全体を隠している。面の下の表情は憂いているに違いなかった。
「まあまあ。元気だしなよ。俺がたーんと買ってやるからさ」
「そりゃありがたい。それで、今日はなにをお求めだい」
「新鮮なやつ」
「それだけじゃァ分からねえよ」
「悪い悪い」にひひ、と人懐こい笑みを浮かべて、常吉は懐にしまっていた紙を取り出した。「客から注文が入ったんだ。ほら、この前アレ買ったの覚えてるだろ。どうもお気に召したらしくてさ」
「アレか。ちょっと待ってな」
 店主はいそいそと立ち上がり、幕で閉ざされていた露店の奥に引っこむ。一瞬だけ見えたそこは漆黒の闇で、どこまで続いているのか分からない。
 ――相変わらずどういう作りなのか分かんないなあ。
 こちらが求めているものを、店主は必ず用意してくれる。恐らく闇の中は無限に続く倉庫にでもなっているのだろう。なんでもあるから、商品が切れることも無い。商店を経営している身としては、羨ましいことこの上ない倉庫だ。
「待たせたなァ」と店主が幕の向こうから戻ってくる。どん、と常吉の前に置かれたのは、長方形の大きな木箱だった。
 ちょうど、人ひとりがすっぽり収まるくらいの。
「念のため仕入れといて正解だったなァ。昨日トッてきたばかりだから新鮮だぞ」
 自慢げな店主に「へえ」と微笑みかけ、重いふたを持ち上げる。
 中に納まっていたのは、両手足を縄でくくられ、口に猿轡をかまされた少女だった。まつ毛の長い瞼を下ろしていたため死んでいるかと思ったが、胸が浅く上下している。気を失っているだけか。
 鶴と亀が描かれた着物は、一目見て上等品と分かる。艶めく黒髪からは日ごろの手入れが窺えるけれど、捕らえられた時に抵抗したのだろうか、頬に一筋のすり傷が入っている。
「最高だ。思っていた以上の代物だよ」
 常吉の言葉に、店主は満足そうに何度もうなずく。
「確かお前んとこの客、吸血鬼だったよなァ。血を絞るなら〆てから二日くらいが旬だぞ。それ以降はちいっと鮮度が落ちる。瓶にでも詰めて冷やしておけば、多少は味の劣化を防げるだろうよ」
「覚えとく。ああ、これ、代金」
 言いながら手のひらほどの大きさの巾着を丸ごと店主に放り投げた。じゃりん、と金貨の擦れる音が周囲の喧騒に紛れる。
 常吉の店は、表向きはただのなんでも揃う商店だけれど、裏では〝幻獣〟と呼ばれる人ならざる者を客にしている。今夜の市場に訪れたのは、裏で扱う商品を仕入れるためだった。
「他にも欲しいものあるんだ。赤ん坊が欲しいって注文なんだけど」
「先週産まれたばっかのやつがいる。こいつも今が旬だ。煮ると美味いぞォ」
 常吉は唇を三日月形に歪め、また金貨の巾着を取り出す。危険で怪しい商売は、闇夜に紛れて人知れず続けられた。
18/18ページ
スキ