のべるばーまとめ
亜藍には行きつけのケーキ屋がある。誕生日だとか、中学や高校の入学祝いだとか、嫌なことがあった時の自身のご機嫌取りだとか、その他もろもろの理由でよく足を運び、自分と両親のぶんだけ購入するのだ。
ショーウィンドウには様々なケーキが並ぶ。定番のショートケーキやガトーショコラ、季節のフルーツタルト、地元でとれた新鮮な卵を使ったとろとろプリン。どれも美味で選ぶのに毎回時間がかかるのだが、その時間すら楽しい。
出来ることなら毎日行きたい。だがそうもいかなかった。
まだ学生のため校則でアルバイトが出来ないというのもある。それ以外にもう一つ理由があった。
「なんっで……こんなとこにっ……建ってるんだよ……!」
ぎこぎこと自転車のペダルを踏み、どこまでも続くかに思える坂道を進む。
ケーキ屋は切り開かれた山の中腹にあるのだ。店に至るまでの道の傾斜はとんでもなく、少しでも気を緩めればまたたく間に下ってしまうだろう。常にペダルに力をこめていなければいけない。
危ないのだし、押して歩けばいいのは分かっている。
だが三つ上の兄は、いとも簡単にここを上っていくのだ。サドルから尻を上げることなく、颯爽と。つまり、なんだか負けた気がするので自転車から降りたくない。
おかげで店に着いた頃には疲労困憊だった。秋だというのにシャツは汗に濡れ、息を整えるのも時間がかかった。けれどそのぶん、ショーウィンドウに並ぶケーキたちが宝石のごとく輝いて見えた。
「あら、いらっしゃい」
レジに立つのは店主の妻だ。昔から通っているため顔なじみである。亜藍は軽く会釈して、順に商品を眺めた。
「イチジクのムース……柿のタルト……シュークリーム……」
「今日はどういう理由で来たの」目尻のしわを深めて、彼女はにこにこと問いかけてくる。「ちなみにオススメはショートケーキだよ」
「いつもそう言ってるな」
「そうだねえ。ついでに亜藍くんがそれに従ってくれたことも無いねえ」
「だってショートケーキはいつもあるだろ」
どうせなら季節限定の商品を選びたい。分かってます、とばかりに微笑まれ、むすっと唇を尖らせた。
ひとまず自分用には柿のタルトを、両親にはチーズケーキを選択した。
「お兄さんには?」
「買わない。『やっと俺のために選んでくれたんだねえ!』ってべたべたされそうだから嫌だ」
「相変わらず仲が良いんだか悪いんだか」
「悪いに決まってるだろ」
会計を済ませて商品が箱に詰められるのを待つあいだ、なんとなく店内を見回した。壁際の棚には日持ちのするクッキーが陳列されている。時期的なこともあってか、サンタクロースやトナカイ型のそれがちらほらと見受けられた。
その隣に見慣れない箱を見つけて、亜藍は手を伸ばした。
「おばさん、なにこれ」
「ああ、この前から置いてるんだよ。紅茶……じゃなくて、あれだ、チャイ」
「チャイ?」
箱には確かに「本場のチャイ」と印字されている。亜藍が取ったのはノーマルなものだったが、他にキャラメル風味もあった。
「飲んだことない?」
「ない。聞いたことはあるような気がするけど」
「そこのやつは美味しいよ。だから仕入れるようになったんだけど。どう、この機会に試してみたら?」
勧められると興味が湧く。きっとケーキにも合うに違いない。亜藍はさほど迷うことなく、ノーマル風味をひと箱追加で購入した。
また来てね、と振られた手に会釈を返し、自転車にまたがる。前のカゴに入れたケーキの箱は傾かないよう、しっかりと固定した。
早くケーキとチャイを味わいたい。気持ちは逸るが、今度は先ほどの坂道を下るのだ。勢いよく行きすぎては転んでしまう可能性もある。慎重に帰らなくては。
旅は家を出てから帰ってくるまで気が抜けないのだ。ふん、と改めて気合を入れて、亜藍は抑えきれない笑顔を浮かべつつ、ペダルから両足を浮かせて帰っていった。
ショーウィンドウには様々なケーキが並ぶ。定番のショートケーキやガトーショコラ、季節のフルーツタルト、地元でとれた新鮮な卵を使ったとろとろプリン。どれも美味で選ぶのに毎回時間がかかるのだが、その時間すら楽しい。
出来ることなら毎日行きたい。だがそうもいかなかった。
まだ学生のため校則でアルバイトが出来ないというのもある。それ以外にもう一つ理由があった。
「なんっで……こんなとこにっ……建ってるんだよ……!」
ぎこぎこと自転車のペダルを踏み、どこまでも続くかに思える坂道を進む。
ケーキ屋は切り開かれた山の中腹にあるのだ。店に至るまでの道の傾斜はとんでもなく、少しでも気を緩めればまたたく間に下ってしまうだろう。常にペダルに力をこめていなければいけない。
危ないのだし、押して歩けばいいのは分かっている。
だが三つ上の兄は、いとも簡単にここを上っていくのだ。サドルから尻を上げることなく、颯爽と。つまり、なんだか負けた気がするので自転車から降りたくない。
おかげで店に着いた頃には疲労困憊だった。秋だというのにシャツは汗に濡れ、息を整えるのも時間がかかった。けれどそのぶん、ショーウィンドウに並ぶケーキたちが宝石のごとく輝いて見えた。
「あら、いらっしゃい」
レジに立つのは店主の妻だ。昔から通っているため顔なじみである。亜藍は軽く会釈して、順に商品を眺めた。
「イチジクのムース……柿のタルト……シュークリーム……」
「今日はどういう理由で来たの」目尻のしわを深めて、彼女はにこにこと問いかけてくる。「ちなみにオススメはショートケーキだよ」
「いつもそう言ってるな」
「そうだねえ。ついでに亜藍くんがそれに従ってくれたことも無いねえ」
「だってショートケーキはいつもあるだろ」
どうせなら季節限定の商品を選びたい。分かってます、とばかりに微笑まれ、むすっと唇を尖らせた。
ひとまず自分用には柿のタルトを、両親にはチーズケーキを選択した。
「お兄さんには?」
「買わない。『やっと俺のために選んでくれたんだねえ!』ってべたべたされそうだから嫌だ」
「相変わらず仲が良いんだか悪いんだか」
「悪いに決まってるだろ」
会計を済ませて商品が箱に詰められるのを待つあいだ、なんとなく店内を見回した。壁際の棚には日持ちのするクッキーが陳列されている。時期的なこともあってか、サンタクロースやトナカイ型のそれがちらほらと見受けられた。
その隣に見慣れない箱を見つけて、亜藍は手を伸ばした。
「おばさん、なにこれ」
「ああ、この前から置いてるんだよ。紅茶……じゃなくて、あれだ、チャイ」
「チャイ?」
箱には確かに「本場のチャイ」と印字されている。亜藍が取ったのはノーマルなものだったが、他にキャラメル風味もあった。
「飲んだことない?」
「ない。聞いたことはあるような気がするけど」
「そこのやつは美味しいよ。だから仕入れるようになったんだけど。どう、この機会に試してみたら?」
勧められると興味が湧く。きっとケーキにも合うに違いない。亜藍はさほど迷うことなく、ノーマル風味をひと箱追加で購入した。
また来てね、と振られた手に会釈を返し、自転車にまたがる。前のカゴに入れたケーキの箱は傾かないよう、しっかりと固定した。
早くケーキとチャイを味わいたい。気持ちは逸るが、今度は先ほどの坂道を下るのだ。勢いよく行きすぎては転んでしまう可能性もある。慎重に帰らなくては。
旅は家を出てから帰ってくるまで気が抜けないのだ。ふん、と改めて気合を入れて、亜藍は抑えきれない笑顔を浮かべつつ、ペダルから両足を浮かせて帰っていった。