このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

のべるばーまとめ

「なにこれ?」
 高校生の後輩が出窓の前で首を傾げている。初雪はフライパンに落としていた視線を上げ、彼の眼差しの先にあるものを見やった。
「ああ、それか。水中花だよ」
 なんだそれはと言いたげに、後輩が大きな目を少しだけ細める。
 じゅうじゅうとピーマンが焼ける音がする。いけない、焦がしてしまうところだった。慌てて菜箸でかき回して他の具材と混ぜる。なんとか阻止できたようだ。
 彼は興味深そうな手つきで、出窓に飾ってある円柱形のガラス瓶をつつく。上部がドームのように丸いそれの中は水で満ち、ピンク、黄色、青、白と四色の花も咲いていた。
「この花って本物?」
「偽物だよ。紙だって聞いた気がするけどな」
「へー。そうなんだ。きれいだね。この前来た時からあったっけ」
 後輩は定期的に自炊を手伝ったり、料理を教えたりしに初雪の家に来る。前回来たのは一週間前だ。その時には置いていなかった。
「一昨日だったかな。姉さんが突然来たと思ったら、『あんたの部屋には彩りが足りない』とそれを置いていった」
「あー、確かに初雪さんの家ってシンプルイズベストって感じだもんね。観葉植物とかもないし」
「植物は世話が面倒くさくて枯らしがちなんだよ」
「『でもこれは偽物だし、枯れる心配もないじゃん』とか言われた感じ?」
「大正解だ」
 後輩は初雪の姉と面識がないはずだが、一言一句間違っていなかった。少しばかり誇らしげに笑うと、彼は初雪の手元を覗きに来た。
「うん、いいね。鶏肉に火も通ってそうだし、あとはここにカシューナッツと、タレを入れて混ぜたら完成だよ。微妙にピーマン焦げてる気がするけど」
「これくらいは許容範囲だろ。俺が作ったにしては上出来だと思う」
「まあ今までに比べたら遥かに……」
 茄子の煮びたしだとか、イカと大根の煮物とか、後輩の指導のもと色々と作ってきたけれど、手際の悪さも相まって失敗続きだった。今回は成功の部類だろう。
 適当な皿に盛りつけ、白米やインスタントの味噌汁も用意し、二人そろって席につく。焦がした疑惑のあるピーマンを真っ先に口に運んでみたが、思っていたほど苦くない。とろみのあるタレが甘めな影響か。
 後輩も黙々と具を咀嚼し、やがて「おいしい」と頬をほころばせた。初めての合格評価である。思わずガッツポーズをしそうになるのを、食事中にはしたないかと寸前のところで堪えた。
「けどさ、あれだね」味噌汁の碗を片手に、後輩は出窓に視線を移す。「花が目に入ると、ちょっと心が癒されるよね」
「まあな。あるのとないのとじゃ変わるような気もする。置いてからそんな日数経ってないから、まだよく分からないけど」
「次ぎ来た時には、また増えてたりして。今度は初雪さんが自分で買ったりとかさ」
「あり得そうだから怖いんだよ」
 コレクター気質というわけではないが、出かけ先などで似たようなものを見つけたら買って並べてしまいそうだ。そうして徐々に増えて、後輩に呆れられる。そこまであっさりと予想できた。
 食後に調べてみたところ、水中花の歴史は古いらしい。江戸時代に日本に伝来したのだと教えると、社会科の教師を目指す後輩が興味を示した。
 姉が買ってきたのはガラス瓶タイプだけれど、他にもコップタイプだとか、花ではなく魚を沈める場合もあるようだ。
「へー。アクセサリーみたいなやつもある。お洒落だなあ」
「色んな種類が出てるんだな。奥が深い」
「アンティークショップとかで取り扱ってるんだね。あ、見て。これとか結構近いお店じゃない?」
 ほら、と後輩が表示した画面を見れば、確かに近い。初雪の家から徒歩十五分程度のところにある。姉はそこで購入したのだろう。
 なにげなく後輩の横顔を見ると、うずうずと肩を揺らしている。
「時間あるし今から行くか? 世話になってる礼に、好きなもの一つ買うよ」
 初雪の提案に後輩の瞳が輝く。喜ぶ顔を見るのは嬉しいものだと唇を緩めたところで、姉もそうだったのだろうかとふと思った。
10/18ページ
スキ