壮悟と榛弥 短い話まとめ
下校中にずっと彼氏が渋面を浮かべていて、隣を歩く茉莉は訝しげに首をかしげた。こちらが話しかけても反応が鈍く、なにやら他のことを考えているのは間違いない。
「さっきからどうしたんですか、榛弥先輩」
「…………」
「おーい」目の前でぱんっと手を叩いたところで、ようやく気づいたらしい。彼は紫がかった目をぱちぱちと瞬く。「なんか様子変ですね。体調悪いんですか」
「ああ、いや。別に、大したことじゃない」
言いつつ視線が左右に揺れている。隠し事があるのは明らかだ。
一瞬脳裏をよぎったのは浮気だが、彼に限ってそれはない。彼から注がれる愛情は言葉ではなく、日々の行動から常に感じている。
――とすると受検関連? 成績が伸びてないとかかな。
あれこれと予想を巡らせる茉莉を一瞥して、彼氏が小さくため息をつく。おや、と顔を見上げるといくらかばつが悪そうに唇を尖らせていた。
「本当に大したことじゃない。明日のテストが面倒くさいだけで」
「テスト? なんの?」
「……音楽の……」
三年生は音楽の授業で必ずギターを習うという。彼は自身の右手に目を落とし、弦をつま弾くように軽く動かす。
「なかなかコードが覚えられないんだ。指も攣りそうになる」
「そんなに難しいんですか。やったことないので分かりませんけど」
「僕もここまで難儀するとは思わなかった」
再びついたため息は深く長い。それだけ予想外だったのだろう。勉強も運動もそつなくこなすイメージが強いだけに、彼がギターを抱いて苦戦する姿がなかなか思い浮かばない。
「あれ、でも三年生は音楽って必須科目じゃないですよね。美術と家庭科から選べ、」
ましたよね、と続けかけて茉莉は口を噤む。
手先が器用ではないのか、彼は絵が壊滅的に下手である。必然的に美術を選ぶはずがなく、裁縫や料理と言った実技を含む家庭科も避けるはずだ。
ゆえに消去法で音楽を選択した結果、思いもよらない難関が立ちはだかったわけだ。
「不合格だったらどうなるんです?」
「受かるまで放課後にひたすら再テスト」
「うーわ、嫌だぁ」
とりあえず自分は来年、絶対に音楽を選ばない。参考になって良かった。
「あ、先輩。ちょっと左手貸してください」
彼は少しだけ不思議そうにしながらも、すんなり手を差しだしてくる。茉莉はそれを自分の両手で包むように握った。
「んー、よし」
「なにが『よし』なんだ」
「明日のテストで一発合格するように祈りました。じゃないと放課後一緒に帰れなくなりそうなので」
手を解放すると、温もりが残っているであろうそこを彼はじっと見つめる。よく見ると唇が緩やかな弧を描いていた。分かりにくいが嬉しかったとみえる。大げさに喜ばれたわけでは無いが、ほのかに甘いひと時に胸がむず痒くなる。
茉莉が祈ったおかげか、彼は一発で合格した。
「さっきからどうしたんですか、榛弥先輩」
「…………」
「おーい」目の前でぱんっと手を叩いたところで、ようやく気づいたらしい。彼は紫がかった目をぱちぱちと瞬く。「なんか様子変ですね。体調悪いんですか」
「ああ、いや。別に、大したことじゃない」
言いつつ視線が左右に揺れている。隠し事があるのは明らかだ。
一瞬脳裏をよぎったのは浮気だが、彼に限ってそれはない。彼から注がれる愛情は言葉ではなく、日々の行動から常に感じている。
――とすると受検関連? 成績が伸びてないとかかな。
あれこれと予想を巡らせる茉莉を一瞥して、彼氏が小さくため息をつく。おや、と顔を見上げるといくらかばつが悪そうに唇を尖らせていた。
「本当に大したことじゃない。明日のテストが面倒くさいだけで」
「テスト? なんの?」
「……音楽の……」
三年生は音楽の授業で必ずギターを習うという。彼は自身の右手に目を落とし、弦をつま弾くように軽く動かす。
「なかなかコードが覚えられないんだ。指も攣りそうになる」
「そんなに難しいんですか。やったことないので分かりませんけど」
「僕もここまで難儀するとは思わなかった」
再びついたため息は深く長い。それだけ予想外だったのだろう。勉強も運動もそつなくこなすイメージが強いだけに、彼がギターを抱いて苦戦する姿がなかなか思い浮かばない。
「あれ、でも三年生は音楽って必須科目じゃないですよね。美術と家庭科から選べ、」
ましたよね、と続けかけて茉莉は口を噤む。
手先が器用ではないのか、彼は絵が壊滅的に下手である。必然的に美術を選ぶはずがなく、裁縫や料理と言った実技を含む家庭科も避けるはずだ。
ゆえに消去法で音楽を選択した結果、思いもよらない難関が立ちはだかったわけだ。
「不合格だったらどうなるんです?」
「受かるまで放課後にひたすら再テスト」
「うーわ、嫌だぁ」
とりあえず自分は来年、絶対に音楽を選ばない。参考になって良かった。
「あ、先輩。ちょっと左手貸してください」
彼は少しだけ不思議そうにしながらも、すんなり手を差しだしてくる。茉莉はそれを自分の両手で包むように握った。
「んー、よし」
「なにが『よし』なんだ」
「明日のテストで一発合格するように祈りました。じゃないと放課後一緒に帰れなくなりそうなので」
手を解放すると、温もりが残っているであろうそこを彼はじっと見つめる。よく見ると唇が緩やかな弧を描いていた。分かりにくいが嬉しかったとみえる。大げさに喜ばれたわけでは無いが、ほのかに甘いひと時に胸がむず痒くなる。
茉莉が祈ったおかげか、彼は一発で合格した。
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