壮悟と榛弥 短い話まとめ
「榛弥くんってさ、チョコ好きだっけ?」
突然なんだと言いたげに、一つ年上の彼氏が小首を傾げる。妙な可愛らしさに茉莉が笑みを堪えきれず吹き出せば、今度は眉根を寄せていた。
彼と付き合って三年が経つ。互いに進んだ大学が違うのとバイトが忙しいのとで、まともに顔を見て話せるのはデートの時くらいだ。今日は少しばかり遠出をして、郊外の商業施設に足を運んでいた。
「チョコと言うか、洋菓子よりは和菓子の方が好きだが」
「あー、いちご大福とかそういう系ね。みたらし団子も美味しいよね。私あれ、スーパーでたまに値引きされてるみたらし団子好きだよ。タレが甘じょっぱくて」
「気が合うな。僕もだ」
「良かった。ところでそういう話がしたいんじゃなくて」
彼のペースに巻きこまれると話の本筋を忘れかねない。なんとか危機を回避できたと安心しながら、茉莉は左右に目を向けた。
通路の脇にはファッションや雑貨、スイーツの店舗が並んでいる。普段であればこれといった統一感が無いけれど、今の時期は違う。
施設として共通の飾りつけなのか、どの店もディスプレイに赤やピンクに染まったハート形のバルーンを置いているのだ。ある店は扉を囲うようにこんもりと、またある店は別に売り出している商品の添え物としてひっそりと。大小さまざまなバルーンは、一度視界に入るとキラキラとした輝きが目をひいた。
「ああ、バレンタインか。どうりで昨日やたら菓子の袋を押しつけられたわけだ」
「毎年恒例になってるね」
彼は自他ともに認めるモテ男である。顔が良いのはもちろんだが、クールで気取らない雰囲気が女子に人気なのだ。ゆえに小学生の頃からバレンタインの時期には山ほどチョコを送られ、今年も例にもれず数多の贈り物が現れたらしい。
「けど受け取ってないんでしょ?」
「当たり前だろ。得体のしれないものが入っていたらどうする。その点、お前はその心配が無いから」
「安心して受け取れるってことね。ありがとう」
信頼されて悪い気はしない。感謝の言葉とともに手を握ると、きゅうっと控えめな力で握り返された。
「で、チョコがどうとか言ってたのはなんだったんだ」
「期間限定でお菓子のお店が出てるんだって。せっかくだから時期的にもチョコ渡そうかと思ってさ」
「前は自分で作ってたのに?」
榛弥の言う通り、以前は市販の板チョコを溶かして固めて型に流したり、チョコケーキを作ったりして渡してきた。しかしいずれも出来栄えは決して良くなく、どちらかと言えば悪い部類だ。
ただの料理ならともかく、菓子作りは分量などレシピ通りにしなければおおむね失敗する。きっちり量る作業は自分に向いていないと学んだし、今年こそはと挑んでまた失敗するより、初めから既製品を渡した方が遥かにましだった。
「失敗作でも愛情がこもってればいいんだーってタイプ?」
「いや、失敗作を食って腹を壊したくない」
「でしょ。だからお店で良さそうなのあったら、それ買って渡そうかなって」
「……僕同伴で?」
「うん。え? ダメ?」
「少なくとも僕の姉たちは彼氏に内緒で用意して渡していたが」
「一般的にはそれが普通かも。でも、なんだろう。私は『喜んでくれるかなあ』って一人で選ぶわくわく感より、榛弥くんと『これとかどう?』って話し合うのを選んだ、みたいな」
食べ物にせよ本にせよ、好きなものを見れば誰でも心が弾んで目が輝くだろう。榛弥にもそんな瞬間があるはずだ。
それをそばで眺めたい、独り占めしたい。
だから一般的な方法ではなく、彼とともに買い物にくり出した。
「なるほど」と納得したのか、榛弥が淡い笑みをこぼす。「それなら僕もそうしたい。一ヵ月前倒しのホワイトデーだ」
「本当? ありがとう。じゃあ早速行こう。なにがあるんだろ」
「下調べしてないんだな」
「どんなお菓子が知らないで行くのって、どきどきして楽しくない?」
そうだな、と言葉が返る代わりに、手を握る力が強くなる。ふふっと頬を綻ばせて、茉莉は甘い誘惑が待つ方へ進んでいった。
突然なんだと言いたげに、一つ年上の彼氏が小首を傾げる。妙な可愛らしさに茉莉が笑みを堪えきれず吹き出せば、今度は眉根を寄せていた。
彼と付き合って三年が経つ。互いに進んだ大学が違うのとバイトが忙しいのとで、まともに顔を見て話せるのはデートの時くらいだ。今日は少しばかり遠出をして、郊外の商業施設に足を運んでいた。
「チョコと言うか、洋菓子よりは和菓子の方が好きだが」
「あー、いちご大福とかそういう系ね。みたらし団子も美味しいよね。私あれ、スーパーでたまに値引きされてるみたらし団子好きだよ。タレが甘じょっぱくて」
「気が合うな。僕もだ」
「良かった。ところでそういう話がしたいんじゃなくて」
彼のペースに巻きこまれると話の本筋を忘れかねない。なんとか危機を回避できたと安心しながら、茉莉は左右に目を向けた。
通路の脇にはファッションや雑貨、スイーツの店舗が並んでいる。普段であればこれといった統一感が無いけれど、今の時期は違う。
施設として共通の飾りつけなのか、どの店もディスプレイに赤やピンクに染まったハート形のバルーンを置いているのだ。ある店は扉を囲うようにこんもりと、またある店は別に売り出している商品の添え物としてひっそりと。大小さまざまなバルーンは、一度視界に入るとキラキラとした輝きが目をひいた。
「ああ、バレンタインか。どうりで昨日やたら菓子の袋を押しつけられたわけだ」
「毎年恒例になってるね」
彼は自他ともに認めるモテ男である。顔が良いのはもちろんだが、クールで気取らない雰囲気が女子に人気なのだ。ゆえに小学生の頃からバレンタインの時期には山ほどチョコを送られ、今年も例にもれず数多の贈り物が現れたらしい。
「けど受け取ってないんでしょ?」
「当たり前だろ。得体のしれないものが入っていたらどうする。その点、お前はその心配が無いから」
「安心して受け取れるってことね。ありがとう」
信頼されて悪い気はしない。感謝の言葉とともに手を握ると、きゅうっと控えめな力で握り返された。
「で、チョコがどうとか言ってたのはなんだったんだ」
「期間限定でお菓子のお店が出てるんだって。せっかくだから時期的にもチョコ渡そうかと思ってさ」
「前は自分で作ってたのに?」
榛弥の言う通り、以前は市販の板チョコを溶かして固めて型に流したり、チョコケーキを作ったりして渡してきた。しかしいずれも出来栄えは決して良くなく、どちらかと言えば悪い部類だ。
ただの料理ならともかく、菓子作りは分量などレシピ通りにしなければおおむね失敗する。きっちり量る作業は自分に向いていないと学んだし、今年こそはと挑んでまた失敗するより、初めから既製品を渡した方が遥かにましだった。
「失敗作でも愛情がこもってればいいんだーってタイプ?」
「いや、失敗作を食って腹を壊したくない」
「でしょ。だからお店で良さそうなのあったら、それ買って渡そうかなって」
「……僕同伴で?」
「うん。え? ダメ?」
「少なくとも僕の姉たちは彼氏に内緒で用意して渡していたが」
「一般的にはそれが普通かも。でも、なんだろう。私は『喜んでくれるかなあ』って一人で選ぶわくわく感より、榛弥くんと『これとかどう?』って話し合うのを選んだ、みたいな」
食べ物にせよ本にせよ、好きなものを見れば誰でも心が弾んで目が輝くだろう。榛弥にもそんな瞬間があるはずだ。
それをそばで眺めたい、独り占めしたい。
だから一般的な方法ではなく、彼とともに買い物にくり出した。
「なるほど」と納得したのか、榛弥が淡い笑みをこぼす。「それなら僕もそうしたい。一ヵ月前倒しのホワイトデーだ」
「本当? ありがとう。じゃあ早速行こう。なにがあるんだろ」
「下調べしてないんだな」
「どんなお菓子が知らないで行くのって、どきどきして楽しくない?」
そうだな、と言葉が返る代わりに、手を握る力が強くなる。ふふっと頬を綻ばせて、茉莉は甘い誘惑が待つ方へ進んでいった。