過去編
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「おい降谷、またお前だけ点数満点かよ!」
松田が答案用紙をぶら下げて叫んだ。その後ろでは、伊達が呆れ顔で腕を組んでいる。
「はいはい。毎回言ってるけど、僻むくらいなら勉強しろ」
「はぁ?俺は実技派なんだよ。頭でっかちのお坊ちゃんとは違ぇの」
「言い訳がプロレベルになってきたな、松田」
萩原が笑いながら背中を叩く。
「……で、愛実は?」
諸伏が振り向くと、教室の隅でプリントを広げたまま固まっている私の姿。
「……んー……“刑法第百三十二条”ってなんだったっけ」
「やっぱり一人だけ勉強してねぇな!」
「やってるもん。さっきから三行くらいは」
「三行!?」
松田が机をバンッと叩く。
その瞬間、後ろから低い声が落ちた。
「うるさい」
顔を上げると、そこには降谷零。教本を片手に、相変わらず完璧な立ち姿。制服の袖までも折り目正しい。
「……なに?またお坊ちゃん降谷くんの説教タイム?」
「違う。静かにしてほしいだけだ。集中できない」
「へぇー、集中力自慢の降谷くんでも人の声で乱れるんだ?」
「お前の声が特にうるさいだけだ」
「は?性格悪っ!」
バチッと火花が散る。伊達がすかさず割って入った。
「やめろお前ら、また始まったな。今日はまだ午前中だぞ」
「いやぁ、相変わらず仲いいよな」
萩原が笑いながら、机に肘をつく。
「仲よくねぇ!」
「顔だけはタイプだが、性格は最悪だ」
「こっちのセリフ!」
教室が爆笑に包まれた。諸伏が苦笑いを浮かべながらノートを閉じる。
「でも、顔だけでもお互い褒められるならいいじゃないか」
「“だけ”が大事なんだよ、“だけ”が!」
「おいおい、ケンカするほど仲がいいってやつだろ」
「やめろ萩原、それ一番ムカつくやつ!」
降谷は溜め息をついて立ち上がった。
「昼休み、外出許可もらってる。コンビニ行ってくる」
「また一人で?」
伊達が問いかけた。
「誰かと行く理由があるか?」
そう言いながら、ほんの一瞬だけ私の方を見た。
「……は?」
「なに?」
「別に。行かねぇよ」
「誰も誘ってない」
「誘う気なかったくせにその言い方ムカつく」
「被害妄想だ」
「うっわ、腹立つ!」
また笑いが起こる。松田が机に突っ伏しながら言った。
「マジでお前ら、どっちかが先に告白でもしねぇと一生このままだろ」
「はぁ!?」
「誰があんな性格悪い奴に」
「こっちのセリフだ」
二人の声がハモる。伊達がニヤッと笑って言った。
「じゃあ賭けるか? どっちが先に折れるか」
「やめてください、そういう無駄な賭け」
諸伏が困ったように笑いながら制したが、萩原はスマホを構えてすでに動画モード。
「資料用!後で見返して爆笑するやつ!」
「やめろ萩原ァ!」
結局、午後の訓練時間になっても、二人の口喧嘩は続いた。実技演習のペアを決めるときも、伊達に無理やり組まされる。
「降谷、頼む。お前と愛実で組め」
「は?なんで私?」
「お互い手加減しないタイプだし、練習になる」
「……了解」
「不本意」
その後――案の定、派手に転がり合いながら訓練室を転々とする二人。
「もう少し優しくできないの!?」
「訓練中だぞ、優しさはいらない」
「そういうとこがモテないの!」
「お前にだけは言われたくない」
「誰が“お前”だゴリラ!」
「誰がゴリラだバカ!」
「バカ言うやつがバカなんだよ!」
「……子どもか」
伊達が頭を抱える中、萩原と松田と諸伏は床に座って笑い転げていた。
だが、訓練の最後。私がバランスを崩して倒れかけたとき、降谷が咄嗟に腕を掴んで支えた。
「……危ない」
「……っ、ありがと」
「気を抜くな。命に関わる」
「分かってる」
一瞬、目が合った。息が詰まる。距離が近すぎて、鼓動がうるさい。
「……ほんと、顔だけはタイプなんだよな」
「惚れるなよ。まぁ……褒め言葉として受け取っておく」
「減らず口」
「お前もな」
そのやり取りに、再び教室の外から爆笑の声。
「おーい二人とも、もう付き合え!」
「うるさい!」
その声をかき消すように、笛の音が鳴り響く。午後の日差しが眩しいほどに眩しかった。
――あの頃はまだ知らなかった。笑い合える日々が、永遠じゃないことを。
